2025.07.29

  • コラム

飲酒運転による通勤事故は会社の責任?企業が負うリスクと損害の実態

社員が通勤中に飲酒運転をした場合、それは企業にとって無関係ではありません。運転者本人の責任と見なされがちですが、実際には企業にも大きなリスクが及ぶことがあります。

飲酒運転が社会全体で重大な問題として認識されている今、万が一事故が発生すれば、企業の信頼性が損なわれるだけでなく、刑事責任・民事賠償・行政指導といった法的な影響も受ける可能性があります。

本記事では、通勤中の飲酒運転がもたらす企業リスクを、法的・実務的な観点から幅広く解説します。あわせて、事故発生時の対応策や再発防止に向けたアルコールチェックの導入、社内規定の整備、社員教育の重要性についても詳しく掘り下げ、企業が取るべき具体的な対策を提示します。

通勤中の飲酒運転が社内外にもたらすリスクと影響

通勤中の飲酒運転による事故は、企業に深刻なリスクをもたらします。

社会的信用の失墜
重大事故が発生すれば企業名が報道され、信頼性が大きく損なわれます。とくに公共性の高い業務や取引先との関係にも影響を与えかねません。

採用や取引への悪影響
事故報道やSNSでの拡散により企業イメージが悪化し、応募者の減少や取引先からの契約見直しといった事態につながることがあります。

損害賠償と訴訟リスク
加害者本人だけでなく、企業に対しても民事訴訟が起こされる可能性があります。

保険料の増加・行政処分
自動車保険の等級が下がるほか、監督官庁からの是正指導などの間接的な負担も発生します。

このように通勤中の飲酒運転は、個人の違反にとどまらず、企業経営全体に大きな影響を及ぼすおそれがあります。

企業の刑事・民事責任(使用者責任・運行供用者責任)

社員の飲酒運転が業務と関係していた場合、企業には以下のような法的責任が生じる可能性があります。

使用者責任(民法第715条)
業務中に社員が第三者へ損害を与えたとき、企業は損害賠償責任を負います。通勤中であっても、黙認された通勤ルートや車両使用が認められれば、責任が問われることがあります。

運行供用者責任(自動車損害賠償保障法第3条)
社有車で事故が起きた場合、企業は運行供用者としての責任を負います。私有車であっても、業務利用と見なされれば同様の責任を問われることがあります。

代表者の刑事責任
飲酒運転を黙認していたと判断されれば、事業主や管理者に対して業務上過失致死傷罪や道路交通法違反幇助の責任が問われる場合があります。

企業が「知らなかった」「私用車だから関係ない」といった姿勢では通用しないのが現実です。

懲戒処分と就業規則における注意点

飲酒運転に対して懲戒処分を行うには、就業規則に明確な根拠を設けておくことが重要です。

懲戒処分の前提条件
飲酒運転が業務と関連していれば、「懲戒解雇」や「出勤停止」などの処分が可能です。通勤中であっても、業務との関係が認められれば対象となります。

私生活上の飲酒運転でも処分は可能
私有車での通勤中の事故でも、社会的影響や職場への影響が大きい場合には、就業規則に基づいて懲戒処分が認められることがあります。

規則への明記と周知の重要性
懲戒の正当性を確保するには、飲酒運転の禁止や懲戒対象を就業規則に具体的に記載し、社員に周知しておくことが欠かせません。周知が不十分な場合、処分が無効とされるおそれもあります。

労災認定の可否:法律と実務の境界線を知る

社員が通勤中に事故を起こした場合、それが「通勤災害」として労災保険の対象になるかどうかは、事故の内容や通勤経路の妥当性によって判断されます。

通勤災害とは、「就業に関し、住居と職場の往復」や「業務目的の移動中」に起きた事故を指します。ただし、飲酒が関与している場合は、通常とは異なる厳しい判断がなされます。

飲酒運転が絡む場合の認定判断基準

飲酒運転による事故が通勤災害として認められるかどうかは、「酒気帯びの程度」と「故意性」が大きな判断材料となります。

酒気帯び運転(呼気中アルコール濃度0.15mg/L以上)
一部給付が制限される場合があります。本人の過失が重いため、支給額が減額されることがあります。

酒酔い運転(正常な運転ができない状態)
原則として労災給付は認められません。重大な法令違反とみなされるため、適用外となります。

故意による事故
飲酒を承知のうえで無謀運転をしたと判断されれば、すべての労災給付が否定される可能性があります。

このように、通勤中であっても飲酒運転による事故は、労災の対象から外れるケースが多く見られます。

判例・厚労省通達から読み解く実務判断のポイント

通勤災害に該当するかどうかの判断は、厚生労働省の通達や裁判例によっても示されています。

判例1:業務後の飲酒後、自宅への帰路での事故
飲酒の事実があっても、通勤経路が合理的であり酩酊が軽度であれば、労災として認定された例もあります。

判例2:業務後に居酒屋へ寄り道し事故
経路の逸脱と判断され、労災認定は否定されました。飲酒と私的行動の組み合わせが原因と見なされます。

通達による補足:通勤経路の「逸脱・中断」について
原則として私的な理由で通勤経路を外れた場合は労災対象外です。ただし、日常生活に必要な行動(子どもの送迎、食事購入など)は、一定条件のもとで再び通勤と認められる場合があります。

飲酒運転が関与する事故では、通勤災害の認定がとても厳しくなります。企業としては、こうした判断をふまえて、あらかじめ飲酒運転を防止する対策を講じておくことが、労災対応リスクの軽減にもつながります。

企業が講じるべき対応策と運用体制

通勤中の飲酒運転による事故を防ぐには、企業として明確な対応方針と継続的な取り組みが欠かせません。

安全配慮義務の観点からも、社員の通勤に一定の関与を持つことが求められます。以下のような制度設計によって、企業リスクを軽減することが重要です。

アルコールチェック導入の実務的メリット

現時点では、通勤中のアルコールチェックは法的に義務づけられていません。しかし、企業が自主的に導入すれば、次のような効果が期待できます。

飲酒運転の抑止効果
チェックがあるとわかっていれば、社員の意識改革につながります。

安全配慮義務の実践
リスクを主体的に管理しているという証明になり、万一の事故でも企業責任の軽減につながる可能性があります。

クラウド型チェックの活用
記録をリアルタイムで確認でき、遠隔勤務や直行直帰の働き方にも対応できます。本人認証やGPS、日時データの自動記録により、高精度な管理が可能です。

記録の一元化と監査対応
日々の記録をデジタルで保存することで、社内監査や外部調査にも迅速に対応できます。

プライバシーと倫理のバランス:検知結果の取扱い方

アルコールチェックを導入する際には、社員のプライバシー保護にも配慮が必要です。不適切な情報管理は、かえって企業リスクを高めるおそれがあります。

利用目的と範囲の明確化
検知結果は「飲酒運転の防止」のみに使うと明示し、懲戒や人事評価に活用する場合は、あらかじめ就業規則で定め、同意を得る必要があります。

記録の保存と管理期間
測定日時・値・確認者などの記録は、必要な範囲にとどめ、保存期間も「1年程度」が適切とされます。

不正利用と漏えい防止
アクセス権限を管理職などに限定し、本人の同意なく第三者提供を行わないなど、情報管理規程の整備が求められます。

本人確認と操作の簡略化
クラウド型システムであれば、顔認証やID連携により本人確認が可能で、操作ミスやなりすましも防止できます。

プライバシーと安全管理を両立させるには、技術と制度の両面からの工夫が必要です。

社内規定・就業規則の整備と徹底

アルコールチェックの効果を高めるには、就業規則や社内ルールの整備が不可欠です。以下のポイントを押さえておきましょう。

飲酒運転の禁止を明記
「通勤中を含め、業務に関連する場面での飲酒運転を禁止する」と就業規則に明示し、懲戒対象としても位置づけます。

マイカー通勤に関する取り決め
マイカー通勤許可者には、「飲酒運転の禁止」「アルコールチェック協力義務」「事故時の報告義務」などを誓約書等で明確にします。

チェック制度の位置づけ
任意導入であっても、実施理由・頻度・記録管理の方法などを明記し、社員との合意形成を図ることが大切です。

労働条件変更時の手続き
チェック制度の新設は「不利益変更」と見なされる場合もあるため、過度な負担を避け、労働者代表との協議や周知を丁寧に行う必要があります。

明文化されたルールは、トラブル時の迅速な対応と社員の納得感につながります。

教育・啓発活動の実施方法

制度を導入するだけでなく、社員の意識改革も再発防止には欠かせません。効果的な教育活動を定期的に行いましょう。

リスク啓発研修の実施
アルコールの分解時間や判断力への影響などを、事例や統計を交えてわかりやすく伝える研修を定期開催します。

体験型プログラムの活用
酩酊ゴーグルや運転シミュレーターなどを使った模擬体験によって、危険性を実感させることで抑止力が高まります。

定期的な周知とリマインド
ポスターや社内掲示板、SNSを活用して「飲酒運転ゼロ」の意識を浸透させます。とくに忘年会・歓送迎会シーズンの強化が効果的です。

管理職向け研修の強化
事故対応や懲戒判断、部下対応の実務など、管理職の役割を明確にし、判断力を高める教育も同時に進めます。

制度と教育の両輪がそろってこそ、安全文化は根付きます。継続的かつ多面的な取り組みが不可欠です。

事故発生時の企業対応フロー

通勤中の飲酒運転による事故が起きた場合、企業には迅速で的確な対応が求められます。初動の遅れや対応の不備があると、企業責任の追及や信頼の失墜、損害拡大につながるおそれがあります。

あらかじめ対応フローを整備しておけば、万一の際も落ち着いて行動できます。

初動対応と事故報告の体制整備

社内通報体制の構築
社員が事故発生時にすぐ連絡できるよう、「緊急連絡先」や「通報窓口」を社内で明確にしておきます。可能であれば24時間対応が望ましいです。

管理職や安全運転管理者の対応手順
通報を受けた際は、現場の確認、警察・救急への連絡、被害者への対応、保険会社への連絡などをまとめた「初動マニュアル」に沿って行動できる体制を整えます。

事故報告書の作成と保管
事故の経緯、関係者、現場の状況、飲酒の有無、社内対応などを記載した報告書を作成し、1年以上保管できる仕組みを用意しておきましょう。

メディア・広報対応の明文化
報道機関へのコメントや社内外への説明内容は、コンプライアンス部門や経営層と連携し、統一されたルールのもとで対応します。

労災・保険・損害賠償対応の整理

労働基準監督署への報告
事故が業務上と判断された場合は、速やかに所轄の労基署へ報告を行います。死傷事故では「死傷病報告書」の提出が必要です。

自賠責・任意保険の確認と対応
社有車の場合は企業が加入している保険が適用されます。私有車でも業務利用と認定されれば、企業の賠償責任が発生するため、事前に保険内容と対応手順を確認しておくことが重要です。

損害賠償請求への備え
被害者やその家族から賠償請求が行われる可能性を想定し、法務部門や外部弁護士と連携した体制を構築しておきます。

労災保険の適用可否の確認
飲酒が関与する場合は、労災不支給の判断が下される可能性があります。判断基準を事前に理解し、本人や保険者との調整に備えましょう。

これらの手順を事前に整えておくことで、適切な対応が可能となり、企業としての信頼回復にもつながります。

再発防止策の実施とフォローアップ

事故原因の分析
飲酒の有無、通勤経路、社内指導、就業規則の整備状況などを洗い出し、根本原因を明確にします。

規定やルールの見直し
不備が見つかれば、速やかに改善策を講じ、全社員への周知を徹底します。

対象者への個別指導
加害社員に限らず、同様の通勤手段をとる社員にも注意喚起や研修を行い、再発を防止します。

全社的な安全教育の強化
再発防止策を反映させた研修を定期的に実施し、部署を超えて安全意識を共有します。あわせて管理職の責任も明確化し、チェック体制を強化します。

効果測定と継続的な改善
再発防止策が機能しているかを確認するため、半年〜1年ごとに見直しを行い、必要に応じて改善します。

事故を一時的な問題として終わらせず、企業としての「学びの機会」と捉えることで、組織の成熟と安全文化の醸成につながります。

最新トレンドと今後の展望

アルコールチェックの導入は、特定業種に限られた対策ではなくなりつつあります。社会全体で飲酒運転根絶の流れが強まる中、多くの企業が自主的な取り組みを進めています。

●**法制度の動き
**2023年12月、安全運転管理者による運転前後のアルコールチェックが義務化されました。今後は「通勤時」への適用拡大も検討される可能性があります。

クラウド型チェックの普及
本人認証や自動記録、遠隔確認などの機能を備えたクラウド型システムが普及し、中小企業でも手軽に導入できるようになっています。コストや運用面の課題も徐々に解消されつつあります。

自治体や業界団体による支援
一部の自治体では、アルコールチェック導入企業への補助金制度を整備するなど、支援の動きが広がっています。

意識改革の進展
「安全運転は企業文化」という考えが定着し、飲酒運転ゼロを企業理念に掲げる事例も増えています。

このように、通勤時の安全確保や飲酒運転の撲滅は、今や企業にとってスタンダードな課題です。社会の動向を見据え、早めの対策が求められます。

まとめ

通勤中の飲酒運転は、個人の問題ではなく、企業にとっても重大な法的・社会的リスクを伴います。事故が発生すれば、使用者責任や運行供用者責任が問われ、企業の信頼やブランドイメージに深刻な打撃を与える可能性があります。

また、労災認定が難しくなり、社員本人にも大きな負担がかかるため、企業は事故を未然に防ぐとともに、発生時の対応体制も整備しておく必要があります。

すぐに取り組める具体的な行動として、以下を推奨します。

アルコールチェックの導入検討
クラウド型システムなどを活用すれば、記録管理と抑止効果を両立できます。

社内規定や就業規則の整備
飲酒運転の禁止、マイカー通勤の条件、事故発生時の対応方針などを明文化し、周知徹底します。

教育と啓発の定期実施
全社員を対象に研修や注意喚起を続け、安全運転意識の定着を図ります。

事故対応フローの構築
初動対応から報告、損害対応、再発防止まで一連の対応手順を明確化し、組織的な危機対応体制を整えましょう。

通勤中の飲酒運転対策は、単なる義務ではなく「企業価値を守る戦略」です。今できることから着実に取り組み、持続可能な安全体制を築いていきましょう。