2025.09.10

  • コラム

【鉄道業向け】構内移動車両の点呼義務はどこまで必要か?制度と実務を解説

鉄道業界においても、アルコールチェックの義務化が加速しています。特に近年は、社用車を運転する従業員や現場の保守作業員に対しても、厳格な点呼や飲酒確認の徹底が求められるようになってきました。

その中で現場からよく挙がるのが、「構内だけを移動する作業車や、軌陸車のような保線用車両にも点呼義務はあるのか?」という疑問です。道路を走るわけではなく、鉄道会社の敷地内だけを走行するこれらの車両に、運送業や鉄道運転士と同様のアルコールチェックが必要なのかどうか、法的な明確さは十分とはいえません。

この記事では、構内車両や保線用作業車が点呼対象に該当するかを中心に、制度の根拠、運用上の注意点、実際の対応事例をもとに整理しながら、安全とコンプライアンスの観点で管理者がどう判断すべきかを深掘りしていきます。法令やガイドラインに明記されていないグレーゾーンであっても、リスク管理の視点で自社の対応方針を見直すヒントを得ていただけるはずです。

構内移動車両や保線作業車両にも点呼義務はあるのか?

鉄道会社の敷地内で使われる保線用車両や、構内専用の移動車両は、一般道路を走行するわけではありません。そのため「道路交通法や安全運転管理者制度の適用外では?」と考える方も多いのが実情です。

しかし、構内や線路上でも一定の速度や重量で移動する車両は、運転ミスが重大事故につながるリスクを持ちます。そのため、鉄道会社としてはたとえ制度の明記がなくとも、安全管理上の観点から、点呼やアルコールチェックを任意で行う体制構築が求められる場面もあります。

ここでは、法的な定義を確認した上で、対象の可否と実務上の対応について掘り下げます。

点呼義務の法的定義に構内車両が含まれるか?

点呼義務が明文化されているのは、道路運送法・鉄道事業法・国土交通省の関連通達などです。これらでは、点呼の対象となるのは「運転業務に従事する者」や「業務で道路を運行する事業用車両を運転する者」とされています。

そのため、以下のような構内専用車両は制度上の明記がない状態です。

●軌陸車(線路と道路を走れるが、構内専用で使うケース)
●構内牽引車(車両や資材を構内で移動させるための車両)
●保守用モーターカー(線路点検や工事に使われる小型車両)

これらは「道路を走らない」ことを前提とすれば、形式的には点呼義務の対象外と解釈される余地があります。

ただし、「運転に類する作業であっても人身事故のリスクがある場合、安全運転管理者がその実施を判断すべき」と解釈する事業者も多く、現場ごとの対応に委ねられているのが実態です。

軌陸車や保線作業車は“運転”に該当するのか?

軌陸車や保線作業車は、車両自体が重量物であり、一定の速度で構内や線路を移動します。また、作業者や他車両と接近する状況も多いため、操作ミスが即事故につながる可能性があります。

このような状況においては、次のような観点で「運転とみなされる可能性」が高まります。

●移動にエンジン・車輪等の駆動系を用いている
●操作者がハンドルや制御レバーで進行方向・速度を調整している
●道路ではないが、走行ルートに交差や出入りがあり、他者と接触するリスクがある

したがって、法的には「道路を走る運転」ではなくても、運転に準じた行為として、アルコールチェックや点呼の実施が望ましいと判断されるケースがあります。

これは、国の制度に明記されていなくても、会社ごとの安全ポリシーや事故防止の観点から独自に規程化する企業も増えていることと整合します。

結論:点呼義務は“対象外”とは言い切れない

結論として、構内移動車両や保線用軌陸車については、法制度上は明確に「点呼義務の対象」とはされていません。しかし、以下の理由から、対象外とは断言できず、実務上は点呼実施が推奨される状況にあります。

●構内車両でも人身事故や物損事故が起きるリスクがある
●鉄道会社の安全ポリシーに基づく任意点呼の実施例がある
●管理者の判断で点呼対象を広げることで、事故や不祥事の未然防止につながる

特に、万が一の事故後に「点呼体制が整っていなかった」と指摘されれば、企業としての信頼性や社会的評価にも影響を及ぼします。制度の曖昧さがある今だからこそ、自主的な対応が企業価値を守る判断となり得ます。

鉄道業界におけるアルコールチェックの制度と運用

鉄道業界では、乗務員の飲酒による事故リスクが社会問題として注目される中、アルコールチェックや点呼の制度化が進められてきました。鉄道運転士に対しては明確な規定がありますが、保守作業や構内業務に従事する者への適用は、制度上曖昧な部分が残されています。

ここでは、現在の法制度を整理しながら、管理者として正しく制度運用するための視点を確認します。

鉄道運転士に求められる点呼・検知義務

鉄道事業法および関連通達により、鉄道運転士には業務前後の酒気帯びの有無を確認する義務があります。具体的には、以下のような点が定められています。

酒気帯びの有無を検知器で確認
検知器が故障している場合は、管理者の目視確認と組み合わせて対応します。

点呼とアルコール確認の実施者は明確に指定
点呼は安全運転管理者またはその補助者が行う必要があります。

点呼・検査結果の記録が義務付け
記録には、実施日時、実施者、対象者、確認方法、結果をすべて記載します。

また、業務後の確認については、運転士が直ちに帰宅し、事業者の管理下から離れることが確実であれば省略が認められます。

これらの運用は、運転士以外の現業職に対しても、一定の管理下での適用が検討される場面が増えてきました。

一般企業への点呼制度の拡大と鉄道業への波及

2022年4月、道路交通法施行規則の一部改正により、白ナンバー車を保有する一般企業にも点呼制度が拡大されました。さらに2023年12月からは、アルコール検知器の使用と記録保存が義務化されています。

この流れは、鉄道業界にも影響を及ぼしています。たとえば、次のような点が共通化されています。

●業務開始前に酒気帯びの有無を確認する必要がある
●検知器を使用し、結果を記録として1年間保存する
●安全運転管理者が制度運用を統括する責任を持つ

鉄道業界では専用の制度(鉄道事業法)に基づく運用が基本ですが、構内車両や保線用車両に対しても「安全運行管理」の文脈で点呼やアルコールチェックを行う企業が増えているのは、この制度拡大の影響も背景にあります。

管理者が押さえるべき記録要件と保存義務

点呼やアルコールチェックを実施する際は、以下の記録を正確に残す必要があります。

●対象者の氏名
●実施日時と実施場所
●点呼・確認を行った担当者の氏名
●使用したアルコール検知器の種類と結果
●確認方法(対面・自動・遠隔など)
●酒気帯びの有無と異常時の対応内容

これらの記録は原則として1年間の保存が義務付けられています。また、記録方式には紙・電子いずれも認められますが、改ざん防止や検索性を考慮するとクラウド管理が推奨されます。

違反や記録漏れがあった場合、鉄道事業者は監督官庁からの指導・改善命令を受ける可能性があります。実際の事例では、点呼不備が原因で全社的な業務改善を求められたケースもあります。

管理者は単に制度を守るだけでなく、「記録の正確性・保存性・検索性」まで含めて運用の仕組みを設計することが求められています。

自動点呼機器導入のメリットと注意点(2025年改正対応)

従来、点呼は対面で行うことが原則でしたが、非対面化や業務効率化のニーズを受け、国土交通省は「自動点呼支援機器」の導入を推進しています。特に2025年4月の制度改正により、導入基準が一段と厳格化され、鉄道会社にとっても対応可否の判断が重要なテーマとなっています。

ここでは、自動点呼機器の要件と、導入判断のポイントについて整理します。

2025年改正で求められる機器の機能とは?

2025年4月以降、国交省が認定する「自動点呼支援機器」は、以下の機能を満たす必要があります。

映像記録機能
利用者の顔を撮影し、本人確認と記録保存を可能にする

なりすまし防止機能
顔認証やICカード認証などで、利用者の本人性を保証する

異常検知時の点呼中止機能
アルコール反応や体調異常を検知した場合、点呼を強制的に中止し管理者へ通知

検知項目の多様化
アルコール検知だけでなく、体温、血圧、心拍なども測定し記録

これらの機能が求められる背景には、「単なる記録」ではなく、「安全の判断」が機械によって代替できることが期待されているためです。

現場の実務に即した形での導入が進めば、点呼業務の省人化だけでなく、ヒューマンエラーの防止にもつながります。

鉄道会社にとっての導入ハードルと検討ポイント

自動点呼機器の導入には利点もありますが、現場運用を見据えると以下のようなハードルも想定されます。

導入コストが高い
高機能な認定機器は1台あたり数十万円以上。拠点数が多い企業では初期投資が大きくなる

利用者側の操作理解・教育
現場スタッフが操作に慣れるまでの教育期間やサポート体制が必要

ネットワーク・クラウド環境の整備
オンライン記録・遠隔管理に対応するには通信環境や端末管理が不可欠

制度対応状況の差異
鉄道業界では一部の規定が運送業と異なるため、自社の制度適合性を慎重に確認する必要がある

これらの障壁を整理しないまま導入すると、現場が混乱したり、管理コストが逆に増加したりするリスクもあります。

管理者が検討すべき導入判断の基準

自動点呼機器の導入を検討する際には、次のような基準で社内判断を行うことが重要です。

点呼の実施頻度と対応人員
点呼回数が多く、常駐管理者の負担が大きい事業所ほど自動化の効果が大きい

安全リスクと過去のトラブル傾向
点呼ミスや飲酒事案が発生した履歴がある現場では、再発防止策としての導入が有効

記録保存や報告作業の効率化ニーズ
紙記録からの脱却や、月次報告の簡略化を目的とするならクラウド対応機器が適している

現場との合意形成
管理者だけでなく、実際に利用する作業員の理解・協力体制を整えることが成功の鍵

これらの判断軸に基づき、自社にとって本当に必要な機能を見極めたうえで、段階的に導入を検討するのが現実的な進め方です。設備導入ありきではなく、「安全と効率のバランスをどう最適化するか」という視点が、最終判断に直結します。

安全確保命令の事例に学ぶ:点呼義務違反は何を招くか

点呼の重要性が軽視された結果、重大な行政対応に発展した事例も存在します。中でも注目されるのが、2025年に発覚した日本郵便の酒気帯び確認不備に対する国土交通省からの「安全確保命令」です。この事案は、点呼制度の運用ミスがいかに組織全体に影響を及ぼすかを示す警鐘となりました。

鉄道業界でも、たとえ制度上の明文化が不十分な領域であっても、実態として点呼を怠った場合のリスクは無視できません。

点呼不備が組織全体に与える影響

日本郵便のケースでは、短期間で多数の酒気帯び確認不備が発生したことにより、国交省が全社に対して「安全確保命令」を発出しました。これにより、企業は以下のような大きな対応を迫られました。

●全営業所での点呼体制の再確認・是正命令
●管理者教育の再徹底
●定期報告義務の発生
●対外的な信用失墜と報道リスク

点呼は単なるチェック行為ではなく、「企業の安全管理能力そのもの」を問われる要素であることが明らかになりました。鉄道会社においても、たとえ対象車両が明示されていなくとも、点呼を行っていないこと自体が組織的なリスクとして認識される可能性があります。

事故が起きてからでは遅く、行政対応のコストとダメージは計り知れません。

鉄道業界における罰則の明文化は未確認でも、リスクは実在

現在のところ、鉄道業界での構内車両や保線用車両に点呼を怠ったことによる直接的な罰則規定は確認されていません。ただし、それは「罰則がない」=「点呼が不要」という意味ではありません。

鉄道事業者に課されているのは、安全運行体制の確保義務です。もしアルコール確認を怠った状態で事故や不具合が起きれば、次のような対応を受ける可能性があります。

●監督官庁からの指導・是正命令
●運行計画や安全管理規定の提出命令
●社会的な信頼失墜による顧客・関係者への影響

また、仮に点呼対象かどうかが曖昧な車両であっても、事故後に「確認・記録がなかったこと」が原因とされれば、管理者の責任は免れません。リスクとしては、罰則があるかどうかではなく、「不備の有無」が企業責任として問われるという点が重要です。

そのため、制度の有無にかかわらず、企業としての判断で先回りして対応を整えることが、現代の安全管理における標準的な姿勢となりつつあります。点呼の実施は、「やるべきか」ではなく、「やらない理由がない」状態に近づいています。

管理者はどう動くべきか?曖昧な制度下でのリスクマネジメント

現行制度では、構内専用の保線作業車両や軌陸車について、点呼やアルコールチェックの義務が明確に定義されていない状況です。しかし、管理者にとって重要なのは「制度に書いてあるかどうか」ではなく、事故や不祥事のリスクを未然に防げる体制を構築できているかどうかです。

制度の曖昧さに依存せず、現場と組織の安全を守る判断と行動が求められています。

「対象かどうか不明」な車両に対する対応方針の決め方

制度上の対象外とされる可能性がある構内車両についても、管理者の裁量で点呼・アルコールチェックを導入することは可能です。対応方針を検討する際は、以下の観点が判断軸になります。

構内での事故リスクの有無
人・資材・他車両との接触可能性がある場合、安全確保が最優先となる

車両の操作性と誤操作リスク
操作が自動車に近く、ミスが重大な結果を招く場合、通常の運転行為と同等に扱うべき

外部からの監査・事故発生時の説明責任
「制度に書いてなかった」では説明責任を果たせない場面がある

最終的な対応方針は、制度解釈ではなく、自社のリスクマネジメントポリシーと照らし合わせて決定する必要があります。

安全運転管理者・保線責任者に求められる判断力

点呼実施の対象拡大を判断するのは、多くの場合、現場の責任者や安全運転管理者です。彼らには、単に制度を守るだけでなく、現場の実態を踏まえた安全管理の判断力が求められます。

以下のような姿勢が、信頼される管理者に不可欠です。

●「制度がないからやらない」ではなく「やるべき理由があるか」で考える
●現場作業のヒヤリハット・小トラブルを重視し、潜在リスクを可視化する
●他社や関連業界の動向も参考にし、実効性のある改善策を検討する

特に保線部門では、作業内容が多様で一律の管理が難しいケースも多いため、現場に即した柔軟な判断が重要になります。

点呼実施の“実務的な最適化”で現場負荷と法対応を両立

点呼やアルコールチェックを拡大する際には、現場の負担を最小限に抑えながら、制度対応も果たす工夫が欠かせません。次のような実務対応が、現場と管理部門の双方にとって効果的です。

非対面・自動化機器の活用
点呼業務の属人化を避け、正確かつ効率的な実施を可能にする

クラウド管理による記録保存・検索性向上
紙記録に比べて記録ミスや紛失のリスクを減らせる

作業スケジュールと点呼タイミングの整合性確保
ムリのない時間帯に組み込み、形式だけでなく内容の伴った点呼を実現する

こうした工夫により、「とりあえずやっている」点呼から、「意味のある点呼」へと質を高めることができます。管理者が制度と現場の両面を理解し、最適な仕組みを設計することが、持続可能な安全体制を築く第一歩です。

まとめ

構内車両や保線用車両に対する点呼義務は、現時点の法制度上では明確に「対象である」とは規定されていません。しかし、それは安全管理上の対応が不要であることを意味しません。むしろ、制度に明記がないからこそ、管理者には一歩先を見据えた判断と対策が求められます。

実際、鉄道運転士や一般企業の運転者には厳格な点呼・アルコールチェック制度が適用されており、行政からの監督も強まっています。こうした背景の中、構内車両であっても事故やトラブルが発生すれば、企業としての説明責任が問われるのは当然の流れです。

以下のポイントを軸に、読者自身の現場に即した判断を検討していただくことが重要です。

●制度に書かれていなくても、安全確保のために必要な管理措置は導入できる
●点呼やアルコールチェックは「やる義務があるか」ではなく、「やることで守れるか」を基準に判断する
●クラウド型や自動点呼機器の導入により、現場負荷と法令対応の両立が可能となる

安全と法令遵守の両立は、一見矛盾する課題に見えるかもしれませんが、現代の技術や制度を正しく活用すれば、決して難しいことではありません。

曖昧な制度下だからこそ、管理者の判断と対応力が企業の信頼性を左右します。この記事を通じて、「自社でもできる」「やるべき理由がわかった」と感じていただけたなら、次の一歩は明確です。点呼体制の見直しは、今日からでも始めることができます。