2025.09.09

  • コラム

アルコールチェックの落とし穴!不適切点呼で事業停止の危機も

運送業や営業車を保有する企業にとって、「点呼」は日常的な業務の一部です。しかし、ただ形式的に点呼を済ませるだけでは、法令違反となる可能性があります。最近注目されているのが「不適切点呼」です。

不適切点呼は、見た目には点呼をしているように見えても、実際には法令を満たしておらず、重大な処分対象となるケースを指します。企業にとっては「やっているつもり」が命取りになるリスクがあるのです。

この記事では、不適切点呼の定義や実例、点呼義務の法的要件、違反時の罰則、なぜ起きるのかという背景、企業が今すぐ取り組める具体的な改善策までを徹底解説します。

不適切点呼とは何か?定義と具体例から本質をつかむ

形式的な点呼では、重大な法令違反になる可能性があります。不適切点呼の本質を理解することで、形式だけに頼らない安全管理が可能になります。

法令上の「不適切点呼」の定義

道路運送車両法や貨物自動車運送事業輸送安全規則などにおいて、点呼には「対面またはITを用いた確実な確認」「アルコールチェック」「健康状態の確認」などが義務づけられています。

以下のような行為は、点呼を実施したように見えても、法的には不適切と見なされる場合があります。

対面やITによる確認を行っていない
電話のみ、あるいはメールでの報告だけで済ませているケース

アルコール検知器を使用せずに確認したとする
機器未使用で「異常なし」と記録しただけ

実際の点呼を行わず記録だけ残している
点呼記録簿に署名を残しても、実際に確認していない

確認項目の一部が欠落している
アルコール濃度は測ったが、健康状態の確認をしていないなど

これらはいずれも、「点呼未実施」と同等の扱いとなり、重大な行政処分の対象になります。

実際に起きている不適切点呼の例

現場では「やっているつもり」で不適切点呼に該当しているケースが少なくありません。

出発前に電話だけで「体調大丈夫?酒飲んでないよね?」と確認して終了
一見確認しているように見えても、対面・IT・アルコール検知器の使用がなければ不適切

記録簿にあらかじめ署名しておき、出庫時は無言ですぐ出発
実際に点呼が行われておらず、「記録のための点呼」に陥っている

遠隔地の出張先で点呼せずに業務開始し、後からまとめて記録
点呼の遡及記録は禁止されており、これは「虚偽記録」と判断される可能性もある

これらの行為は、重大な事故や飲酒運転が発覚した際に、企業全体への処分につながりかねません。

不適切点呼と「点呼未実施」の違い

不適切点呼と点呼未実施は、いずれも法令違反ですが、処分の内容や重みが異なる場合があります。

点呼未実施
点呼自体をまったく行っていないケース。故意または放置が原因である場合が多く、より重い行政処分(使用停止・事業許可取消など)に直結する可能性があります。

不適切点呼
一部を行っているが、法令を満たさない実施。企業側が「点呼している」と認識していても、形式的で実態が伴っていない場合が多い。

どちらも「点呼義務違反」であり、監査時や事故時に発覚すると、運行管理者に対する行政処分や、企業全体に対する営業停止措置が取られる可能性があります。

点呼義務の基本とアルコールチェックの法的要件を再確認

点呼の実施は単なる社内ルールではなく、法律に基づく義務です。違反した場合、事業継続に関わる重大なリスクとなるため、正確な理解が不可欠です。

貨物自動車運送事業者の点呼義務とは

貨物自動車運送事業輸送安全規則により、事業者には以下のような点呼実施義務があります。

乗務前点呼
出発前に、運転者の健康状態、アルコールチェック、免許証所持確認、車両点検の結果確認などを対面またはITを用いて実施する。

乗務後点呼
帰庫時に運転者の疲労状態、飲酒の有無(乗務中含む)などを確認し、記録する。

中間点呼(長距離などの場合)
運行中の中継地や宿泊先で、電話・ITを用いて点呼を実施する場合がある。

このように、点呼は「出発前」と「帰着後」に必須であり、条件によっては「中間点呼」も必要です。

白ナンバー事業者にも拡大されたアルコールチェック義務

2022年4月以降、道路交通法の改正により、一定台数以上の車両を保有する白ナンバー事業者にもアルコールチェックが義務化されました。

対象となる事業者の要件:

●白ナンバー車両を5台以上保有
●または、定員11人以上の車両を1台以上保有

義務化された内容は以下の通りです。

●運転前後に運転者の酒気帯びの有無を「目視等で確認」
●2023年12月以降は、「アルコール検知器を使用した確認」が義務
●検知器の「常時有効保持」(壊れていない・校正済み)も必須

対象車両や台数を満たす企業は、業種に関係なくすべて該当します。建設業、営業車、送迎車なども例外ではありません。

アルコール検知器の使用ルールと注意点

アルコール検知器の導入だけで安心してはいけません。以下のような運用ルールの遵守が重要です。

点呼時に「実際に息を吹き込んで測定」する
目視や自己申告だけでは不十分です。

測定結果を記録に残す
測定日時、結果、確認者名などを記録簿に記載。

検知器の定期校正と整備が必要
長期間使うと誤検知のリスクがあり、管理者による状態確認が求められます。

常時有効保持の義務
故障した場合、修理や代替機確保まで点呼できない状態になるため、代替機の用意も検討すべきです。

アルコールチェックは「検知器を持っているだけ」では不十分で、正しく活用しなければ不適切点呼と判断される可能性があります。

不適切点呼で企業が受ける罰則と行政処分の全貌

不適切点呼は、企業の信用を揺るがす重大な違反行為とみなされます。見逃されがちな点呼違反ですが、発覚時には厳しい行政処分が科される可能性があります。

点呼違反による行政処分と違反点数

国土交通省の「運行管理者の点数制度」において、点呼違反には明確な基準と処分があります。

点呼未実施または虚偽記録
運行管理者に対し「2点」加算。累積3点で行政処分対象。

企業としての処分
点呼未実施や不適切点呼が認定されると、以下の処分が下される可能性があります。

●使用停止命令(通称「10日車」:該当車両の運行禁止)
●許可の一部取り消し
●事業停止命令
●再発防止命令・是正報告の提出義務

この制度は、形式的な実施や記録だけの点呼では通用しないことを示しています。

罰金・使用停止・許可取消などの事例

以下は、不適切点呼によって実際に処分された事例です。

貨物運送業者A社
乗務前点呼が「記録のみ」だったことが発覚。監査で発覚し、車両10日間の使用停止処分。

旅客輸送業者B社
アルコール検知器が壊れたまま使用し続け、検知結果がすべて「異常なし」と記録されていた。整備不良として重く見られ、管理者に対する指導処分。

地方運送業者C社
出張先での点呼記録がまとめ書きされていた。点呼未実施と見なされ、30日車の使用停止命令。

営業車を持つ一般企業D社(白ナンバー)
検知器未導入のまま目視のみで確認。制度開始後半年が経過していたため、「義務未履行」として是正命令と厳重注意。

企業規模に関係なく、違反があれば処分の対象となることがこれらの事例からも明らかです。

なぜ不適切点呼が起きるのか?背景に潜む5つの構造的要因

点呼違反は「うっかりミス」で起きるものではありません。多くの場合、組織や業界の構造に根差した問題が背景にあります。

「うちは大丈夫」と思い込む現場意識

点呼はただのルーチンと化している
日常業務に埋もれ、「飲酒する人はいないから問題ない」という思い込みが蔓延。

自社のリスクを過小評価
「事故もないし問題ない」と誤解し、制度の意味を理解していない管理者も存在。

このような油断が、気づかぬうちに点呼の質を下げ、不適切点呼を招いています。

点呼記録が“やったふり”になっている

署名だけ済ませておく「帳票第一主義」
実態のない点呼記録が残されているケースが多く、帳票=実施という誤解が広まっている。

現場任せの記録に依存
管理者が確認せず、記録を信じてチェックせずに放置している実態も。

記録の形だけを整えても、「中身」が伴わなければ監査で即座に不備と判断されます。

教育・研修不足が正しい理解を妨げる

点呼の法的要件を知らない管理者が多数
制度改正があっても情報が現場まで届いていない。

教育の仕組みが形骸化
新任者への引き継ぎや研修が「マニュアルだけ」で済まされ、実務理解に至っていない。

正しい点呼の意味と方法を現場レベルで再確認する機会が欠けていることが、不適切点呼の温床となっています。

管理体制の脆弱さと形骸化したマネジメント

本社と現場の連携不足
点呼内容のフィードバックがなく、自己流の運用が放置されがち。

点呼チェックが属人的
担当者の経験に依存し、基準が曖昧なまま運用される。

本社・支社の管理体制が弱ければ、現場が自己判断で「やってるつもり」の運用を続けることになります。

理念と実務の乖離が事故リスクを高める

経営理念は「安全第一」でも現場は効率重視
納期優先・業務圧縮の現場では、点呼が後回しにされるケースも多い。

現場の声が経営層に届かない
「手間がかかる」「非効率だ」という現場の課題感が、経営判断に反映されない。

企業の安全理念が実務に落とし込まれない限り、点呼の形式化・不適切化は避けられません。

企業が今すぐできる点呼改善策と再発防止の具体例

不適切点呼の発生を防ぐには、「正しい理解」と「継続可能な運用」が鍵になります。ここでは、企業がすぐに取り組める具体策を紹介します。

点呼マニュアルと教育体制の見直し

現場向けに制度とリスクをかみ砕いて伝える
専門用語や法令条文だけでなく、「なぜ必要か」「違反するとどうなるか」までをわかりやすく説明するマニュアルを整備します。

点呼担当者・管理職への研修を定期化
制度改正のタイミングだけでなく、現場のメンバー変更に応じて繰り返し教育を行い、点呼の目的や手順を徹底します。

新入社員や代行運転者にも対応した指導体制
点呼を受ける側(ドライバー)への説明・啓発も忘れずに行うことで、現場全体の意識を統一できます。

正しい点呼を「実施する意義」まで含めて教育することで、形だけの運用から脱却できます。

IT点呼導入でヒューマンエラーを防ぐ

クラウド型点呼システムを活用
遠隔地からでもリアルタイムで点呼を記録できる仕組みを導入することで、直行直帰や出張の場面でも確実な点呼が可能になります。

音声・映像記録による「証跡」を残す
点呼内容を録音・録画することで、万が一の監査時にも「実施の証拠」となり、虚偽記録や実施漏れを防止できます。

点呼記録の自動保存・自動集計
紙では煩雑だった記録保存やチェックも、システム導入により業務効率化と精度向上が両立できます。

IT点呼は「対面原則」を補完する手段として、法令上も一定条件のもとで認められています。

アルコールインターロック装置の活用

飲酒時は車両エンジンがかからない仕組み
ドライバーが息を吹き込んでからでないとエンジンが始動しないインターロック装置を導入することで、飲酒運転を物理的に防止できます。

検知記録が管理者に自動通知されるモデルもあり
運転者の測定結果がクラウド経由で即時共有されるため、管理部門によるリアルタイム監視が可能になります。

誤作動・メンテナンスの体制も整備する必要がある
機器の誤作動や故障時対応、定期校正の体制も合わせて整えることで、トラブル回避が図れます。

「運転できない仕組み」で未然に防ぐ。これが、事故防止の最後の砦となります。

本社による監査・チェック体制の強化

支店・営業所での点呼実施状況を定期的にチェック
本社または安全運転管理部門が、月1回以上の頻度で点呼記録・映像・機器の整備状況を確認します。

点呼の実施者に対するフィードバックと指導
記録の不備や制度違反の疑いがあれば、その場で是正指導し、記録だけでなく「実施の質」を見直す仕組みを構築します。

内部監査報告書を本社で一元管理
支社間で対応に差が出ないよう、中央で状況を把握し、全社横断の改善策を打ち出せる体制を整備します。

形式に頼らず、組織として「実態」を管理する仕組みづくりが、不適切点呼の根絶につながります。

まとめ

不適切点呼は、見過ごされやすく、かつ企業にとって重大なリスクをはらんだ行為です。点呼が「記録されていればよい」「目視で確認しているつもり」といった認識にとどまっている限り、知らず知らずのうちに法令違反に陥る危険性があります。

しかし、正しい知識と実践的な対策があれば、リスクは大きく軽減できます。点呼マニュアルの見直しや教育体制の強化、IT点呼やアルコールインターロックの導入、本社による監査体制の整備などは、どの企業でも着手可能な改善策です。

「点呼しているようで、していない」を脱し、「事故を起こさないための点呼」へ。形式ではなく、点呼の本質に立ち返る取り組みが、企業の安全と信頼を守る第一歩となるでしょう。今こそ、自社の点呼体制を見直す好機です。