2025.08.27

  • コラム

【緊急でも飲酒運転はNG?】「緊急避難」が認められる条件とリスクを徹底解説

「家族が倒れた」「家が火事になった」――そんな非常時、飲酒後にもかかわらず「仕方なく車を運転した」という行為が、後に重大な法的責任に発展するケースがあります。

特に、運送業や建設業など業務で車を使用する企業では、こうした“緊急時の飲酒運転”が、従業員個人だけでなく企業全体に大きな影響を及ぼす可能性があります。

一方で「緊急避難」という法的概念があることから、「今回は緊急だったから仕方がなかった」と判断してしまう管理職や安全運転管理者も少なくありません。しかし実際には、この判断が誤っていた場合、刑事罰・行政処分・社会的信用の喪失など、極めて深刻な結果を招くことになります。

この記事では、「緊急時の飲酒運転」が本当に緊急避難として成立するのかを、刑法および道路交通法の観点から徹底的に解説します。法的に認められるケースはどのような状況か、そして認められない「過剰避難」の境界線とは何かを明らかにし、安全運転管理者としてどのような対応体制が求められるのかを具体的にご紹介します。

緊急避難と道路交通法上の飲酒運転:違法性阻却の基本構造

飲酒運転は道路交通法により厳しく禁止されており、例外は極めて限られます。唯一、刑法上の「緊急避難」に該当すれば違法性が阻却される可能性がありますが、これはあくまで例外中の例外です。

刑法第37条では、自己または他人の権利・利益を保護するためにやむを得ず法に違反した場合、その違法性を免除する「緊急避難」が定められています。

緊急避難の4要件とその法的枠組み

緊急避難が成立するためには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。

現在の危難の存在
生命・身体などの法益が直ちに侵害される危険が差し迫っている状態でなければなりません。将来の不安や不確実な危険では認められません。

避難行為の意思があること
行為者が本当に危険から逃れるための意思を持って行動していることが必要です。酔っているから判断力が曖昧という状態では、意思の有無が問われる可能性があります。

他に手段がないこと(補充性)
他の回避手段が存在する場合には、緊急避難は認められません。救急車やタクシーの利用、周囲の協力要請など、代替策を講じる余地があるかが重要視されます。

法益衡量が取れていること(法益の均衡)
守ろうとした利益が、侵害した利益と比べて明らかに優越している必要があります。たとえば家族の命を守るために一時的に道交法に反する行為をした場合、命の法益が勝るかどうかが判断基準となります。

これらの要件は非常に厳格で、すべてが客観的に立証されなければ緊急避難として成立しません。

飲酒運転に緊急避難が適用される可能性の限定的事例

飲酒運転に対して緊急避難が認められた事例は、極めて稀です。以下は、限定的に成立する可能性がある例です。

大規模災害時(地震・火災・噴火など)
公共交通や連絡手段が断絶しており、身の危険が切迫している状況で、自力で車両を使用せざるを得なかったケースでは、緊急避難が検討される可能性があります。

第三者の生命に対する明白な危機
たとえば幼児が重度のアレルギー反応を起こし、救急車が30分以上来ないといった状況で、飲酒者が病院まで運んだようなケースでは、緊急避難が成立する余地が生まれます。

ただし、これらのケースでも、他の選択肢がなかったか(補充性)、実際の危難が迫っていたか(現在性)が厳しく問われ、立証責任を負うのはあくまで加害者側です。よって、実際には認められないケースの方が圧倒的に多いのが実情です。

“過剰避難”のリスク:緊急避難が認められない境界線

「緊急だったから」といっても、安易な自己判断で飲酒運転を行えば、それは「過剰避難」として違法と判断される可能性が極めて高くなります。これは、安全運転管理者として最も誤解してはならないポイントです。

過剰避難とは、必要以上に重大な法益を侵害することで、緊急避難の成立要件を逸脱してしまう行為を指します。具体的には、以下のようなケースです。

●他者への協力要請や通報など、回避手段が存在したのに講じなかった
危難が差し迫っておらず、自己判断で「危険だ」と思い込んだだけ
実際には緊急ではなく、時間的余裕があった

このような場合、たとえ善意の行動であっても、法的には「違法な飲酒運転」として処罰の対象となります。

判例に見る過剰避難の限界

過剰避難が認められなかった実例として、以下のような判例があります。

弟の暴行を避けるために飲酒運転したケース
ある男性が、暴力的な弟と口論になり「身の危険を感じた」として、酒を飲んだ直後に車でその場から離れた事例があります。しかし、判決では「他の避難手段が存在した」「危険が切迫していたとは認められない」として、緊急避難は否定されました。

このように、実際には避けられた手段があった場合や、客観的に危険が明白でなかった場合には、「過剰避難」と判断され、刑事・行政処分の対象になります。

飲酒運転という行為が社会的にどれほど重大視されているかを踏まえると、「緊急避難が認められる可能性は限りなく低い」と考えるのが実務的な対応といえます。

飲酒運転の法的・行政的罰則の現実

たとえ「緊急避難」を主張しても、飲酒運転が認定されれば厳しい法的責任を免れることはできません。刑法上の罰則に加え、行政処分、社会的信用の失墜といった二次的損失も大きな問題です。ここでは、飲酒運転が引き起こす法的・行政的影響を整理します。

刑事罰と行政処分の厳しさ

飲酒運転に該当した場合、刑事罰と行政処分は以下の通り科されます。

酒気帯び運転(呼気中アルコール濃度0.15mg/L以上)
呼気から一定量のアルコールが検出された場合は、酒気帯び運転として処罰されます。違反点数13点、免許停止90日、最大3年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。

酒酔い運転(正常な運転が困難な状態)
酩酊状態での運転と判断されると酒酔い運転となり、違反点数35点、免許取消し(欠格期間3年)、最大5年以下の懲役または100万円以下の罰金が科されます。

同乗者や車両提供者にも責任が及ぶ
飲酒運転を知りながら同乗した者や、車両を提供した者も処罰対象です。企業の管理責任や同乗した従業員にも影響が及びます。

緊急時であっても、これらの処分は自動的に科される可能性が高く、違反者個人だけでなく企業全体への波及効果が大きい点に注意が必要です。

実務目線で考える「善意の行動」が招く企業リスク

企業にとって最も警戒すべきは、「従業員が家族を守るために飲酒運転した」といった善意の行動が、結果として重大なコンプライアンス違反に発展するリスクです。このような事態を未然に防ぐためには、事前の対策が不可欠です。

安全運転管理者の責任と事前対策の必要性

安全運転管理者は、車両を使用する業務においてドライバーの状態を把握し、交通法規を順守させる責任を負っています。特に緊急時対応については、以下のような方針整備と運用体制が求められます。

緊急時対応のマニュアル整備
「飲酒後に車を使用しない」「緊急時はまず救急通報を行う」など、判断基準を明文化し、従業員全員に共有することが重要です。

ケース別のシミュレーション訓練
災害・急病・家族トラブルなど、想定しうる緊急事態ごとに対応手順を訓練しておくことで、誤った判断を防ぐことができます。

組織としての一次対応ルールの明確化
連絡フロー、緊急時の代替運転者の手配方法など、組織全体で支援できる体制を整備しておくことが必要です。

これらの対策は、善意の行動によるリスクを最小限に抑え、企業全体としてのコンプライアンス意識を高めるために有効です。

クラウド型アルコールチェックの非常時活用

クラウド型アルコールチェックシステムは、通常時だけでなく非常時においても有効な管理手段となります。

飲酒状況の即時可視化
クラウド型であれば、外出先でもスマートフォンやタブレットを用いてリアルタイムで計測結果を共有できます。緊急時においても「飲酒状態だったか否か」を正確に記録できます。

証跡の自動保存と報告機能
測定結果や撮影画像などのログを自動で記録し、時系列で保存できるため、後からの確認や社内報告、社外への説明にも活用可能です。

緊急連絡・判断支援ツールとしての機能
運転者がアルコール反応ありの場合、自動的に管理者に通知される仕組みがあれば、現場での判断ミスを防ぐ補助になります。

非常時の「見える化」によって、違法行為を未然に防ぐだけでなく、万が一の際の法的説明力を確保する手段として活用できます。

緊急避難と正当防衛の違い—法制度比較で理解を深める

緊急避難と混同されやすい法概念に「正当防衛」があります。どちらも違法性を阻却する制度ですが、対象や成立要件には明確な違いがあります。正しい理解は、安全運転管理上の判断基準にも直結します。

正当防衛とは
正当防衛(刑法第36条)は、不法な侵害を受けた際に、それを排除するためのやむを得ない行為として違法性を否定する制度です。正当防衛が認められるためには、「急迫不正の侵害」「自己または他人の権利防衛」「相当な反撃行為」の3要件が必要です。

緊急避難との違い
緊急避難は自然災害や急病など、法的には「正当な危険」から逃れるための行為に対して成立します。つまり、攻撃者がいない状況でも認められる可能性があるのが緊急避難であり、他者の不正行為に対応するのが正当防衛です。

飲酒運転では正当防衛は適用されない
飲酒運転の場面で正当防衛を主張する余地は基本的にありません。なぜなら、自身の生命や身体への不法な侵害に即時対応する状況ではないからです。飲酒運転が問われる場面では、常に「緊急避難か否か」が検討対象となります。

この違いを理解しておくことで、従業員や運転管理者が緊急時に誤った法的認識に基づいた行動を取るリスクを低減できます。

医療現場など「業務上特別の義務」には適用されない緊急避難

一部の職業には、緊急避難が原則として適用されない「特別の義務」が課されています。これは、職業上の責任が重く、通常の市民よりも高い遵法意識と行動が求められる立場であるためです。

医療従事者の事例
飲酒後に急患の報告を受けて、自家用車で病院に向かった医師が、道中で検問にかかり酒気帯び運転として摘発された事例があります。医師の善意は認められたものの、救急車要請という代替手段があったため、緊急避難は成立しませんでした。

運転業務従事者も同様
運送会社やバス会社などで安全運転管理者に指定されている者、または運転業務が主務である従業員にも、業務上の注意義務があるとされます。そのため、「緊急だったから」としても、免責が認められる可能性はさらに低くなります。

企業全体としての遵法責任
特別の義務が課されている業種では、従業員個人の判断ミスが組織全体の責任に波及する恐れがあります。企業は法的責任の所在だけでなく、社会的信用や営業許可への影響まで考慮した対応が求められます。

このように、「特別な立場にある者」に対しては、緊急避難が成立しにくいことを認識し、徹底した社内教育が必要です。

具体的な対応シミュレーション:緊急時の判断フロー

緊急事態に直面したとき、どのように判断し、行動すれば「違法行為を回避」できるのか。その判断軸を明確にするためのシミュレーションを紹介します。これは安全運転管理者だけでなく、現場のドライバーにも共有すべき内容です。

避難手段の有無の確認と代替手段選択

まず落ち着いて状況を整理する
生命に関わる危険が本当に差し迫っているのか、時間的余裕があるのかを冷静に判断する。

他者への連絡を最優先する
同居家族・近隣住民・同僚など、第三者への協力要請で回避できる場合は必ず選択する。

公共機関の利用を検討する
救急車、消防、警察、タクシーなど、公的または商用の移動手段を最優先する。飲酒後に自家用車を使う選択は、最後の最後まで排除すべきである。

通報・警察・救急機関との連携

緊急通報は違法行為を避ける判断材料になる
119番や110番への通報を行っていれば、状況記録が残り、後の証拠や正当性の補足材料となる。

警察への事前相談も有効
判断に迷った場合は、警察に連絡して指示を仰ぐことも、結果的に最善の行動になる。これは後に行動の合理性を説明するためにも重要である。

現場での記録を可能な限り残す
通話記録、LINEのスクリーンショット、現場写真など、状況を証明する情報はできるだけ記録しておく。

アルコールチェックログの適切な保存とその後の報告体制

飲酒後の行動記録が後の防衛線になる
クラウド型アルコールチェッカーのログや、本人の記録・報告内容が、後に「飲酒状態の証拠」になる。嘘の申告がないことを示すためにも有効である。

管理者への即時報告体制の構築
異常な状況が起きた際に、直ちに管理者に連絡が入る仕組みを整備することで、現場での判断ミスを防ぐ。

報告からの社内対応フローを整備する
報告受付後の社内処理ルール(代替対応者の手配、顧問弁護士への連絡等)を明文化しておくことで、迅速かつ正確な対応が可能になる。

まとめ

「家族が危ないから」「急いでいたから」といった善意の判断でも、飲酒後に車を運転する行為は極めて重大な法令違反です。緊急避難という法的制度が存在することは事実ですが、その適用範囲は非常に限定的であり、現実には認められることはほとんどありません。

飲酒運転が発覚すれば、刑事罰・行政処分だけでなく、企業の信用失墜、業務停止、社会的非難といった深刻な二次被害にもつながります。特に、安全運転管理者や管理職にとっては、「知らなかった」「従業員が勝手にやった」では済まされない重大な管理責任が問われます。

緊急時であっても、飲酒運転に頼らない行動を徹底するためには、以下のような組織的な準備が欠かせません。

「緊急だから仕方ない」という感覚を捨て、あらゆる状況でも法令を遵守する姿勢を徹底することが、安全運転管理者としての最も重要な責務です。そのためには、現場任せにしない組織的な支援体制と、法的理解に基づいた意思決定が求められます。

企業としての社会的責任を果たすためにも、今こそ、緊急時の飲酒運転リスクと向き合い、実効性のある対策を講じることが求められています。