2025.10.17

  • コラム

アルコールチェック義務化で“飲まない人”も対象に?企業が見落としがちな本当のリスクとは

「うちは飲まない社員ばかりだから、アルコールチェックは不要だと思っていた」
こうした声は、2023年以降の制度改正により、現場の混乱や誤解の一因になっています。

現在、多くの企業が対応を求められている「アルコールチェック義務化」。これは運送業だけでなく、社用車を使うあらゆる事業者に関係します。そして、重要なのは「お酒を飲むかどうか」にかかわらず、業務で車を運転するすべての人が対象になるという制度設計です。

飲めない人、飲まない人、普段から健康管理に気をつけている人であっても、法的には例外とされていません。むしろ、そうした社員も含めて適切に記録・管理することが、安全運転管理者の義務として位置付けられています。

本記事では、なぜ飲めない人も対象になるのか、その法的な根拠を明確にしたうえで、企業としてどのような実務対応を取るべきかをわかりやすく解説します。対応に不安を感じている方でも、今日から取れる具体策がわかるよう構成しています。

アルコールチェック義務化の法的根拠

業務用の車両を使用する企業にとって、アルコールチェックは「努力義務」ではなく、法律で定められた義務です。ここでは、その制度の背景と仕組みを整理します。

道路交通法・施行規則における定め

現在の制度の基盤となっているのは、道路交通法第75条の10および、それに基づいて改正された道路交通法施行規則です。これにより、以下の事項が義務付けられました。

●運転者の酒気帯びの有無を「目視等」で確認すること
●その確認結果を記録し、1年間保存すること
●2023年12月以降は、アルコール検知器を使った確認が必須となったこと

これらは、運転者が「飲酒したかどうか」ではなく、「運転前後に必ずチェックが行われたかどうか」が問われる制度です。

加えて、安全運転管理者制度により、管理者には以下の責任が課されます。

●点呼の実施
●アルコール検知器の常時有効管理
●点呼記録の保管管理

近年の改正スケジュールと適用時期

近年の法改正は段階的に進められており、以下のようなスケジュールで実施されました。

●2022年4月
安全運転管理者に対し、運転者の酒気帯び確認および記録保存が義務化。

●2023年12月
アルコール検知器を用いた確認が義務化。検知器を「常時有効に保持」する管理責任も追加。

●罰則強化(2022年10月〜)
安全運転管理者の選任義務違反の罰金が5万円から50万円に引き上げ。

これらの改正によって、従来の「目視確認」から「機器による証明」への厳格化が進み、事業者側のリスク管理責任が大幅に強化されました。

義務化対象となる運転者・事業者の範囲

アルコールチェックの義務対象になるのは、特定の条件を満たす事業者および運転者です。以下の基準が定められています。

●自家用車(白ナンバー)を5台以上保有している事業所
●定員11人以上の車を1台以上保有している事業所

対象車両は、乗用車・貨物車・バン・ワゴン・バスなどを含みます。二輪車についても、大型・普通問わず0.5台換算で台数計算に含まれます。

また、運転が業務に付随するものであれば、営業職や出張対応なども対象になるため、「運送業ではないから関係ない」とは言えません。

注意すべきは以下の点です。

●通勤で自家用車を使っているだけの社員は対象外
●業務指示に基づかない私的な運転も対象外
●ただし、業務で使う場合には非営業車でも対象になる

つまり、「社用車で営業に出る」「客先へ移動する」「現場へ機材を運ぶ」などの運転を行う社員は、飲酒の有無に関係なく、チェック対象になります。

飲めない人・飲まない人は対象外? その誤解と実際

アルコールチェックが義務化された際、現場でよく聞かれるのが「お酒を一切飲まない人もチェックする必要があるのか?」という疑問です。結論から言えば、飲まない人も必ずチェック対象になります。

制度上の誤解を解消し、トラブルを防ぐためにも、正しい理解が重要です。

「普段飲まない=チェック不要」は誤りである理由

アルコールチェック制度は、「その人に飲酒習慣があるかどうか」ではなく、「業務で車を運転するかどうか」によって対象が決まります。背景には次のような制度設計の理由があります。

●飲酒習慣の有無を自己申告で判断しては安全管理の一貫性が保てないため
●一部の薬剤・食品・体質要因でも検知器が反応する可能性があるため
●例外を認めると制度運用が曖昧になり、企業責任が問われる恐れがあるため

つまり、飲まないと宣言していても、検知器に反応する事例が実際に存在することから、全員一律でチェックを行うことが義務とされているのです。

典型的な疑問とその法的解釈

読者の方からよく寄せられる疑問について、制度解釈に基づいて整理します。

●飲まない宣言(未飲酒申告)は通用するか
→通用しません。法令や通達には「申告すれば除外できる」といった規定は一切なく、飲まない人も必ず検知器でのチェックが必要です。

●飲酒できない体質・疾病持ちの人の扱い
→免除規定は存在していません。仮に体質的に飲酒できなくても、運転前後の確認は必要です。検知器への反応がゼロであることを記録として残す必要があります。

●直行直帰・直帰直行の場合のチェック要否
→原則として「遠隔点呼」が必要になります。携帯型検知器を持たせたうえで、電話・オンライン等を使ってアルコール検査を実施し、記録することが求められます。

●夜間残業後のチェック対応
→残業後の帰宅に社用車を使う場合、それが業務運転とみなされるならば、帰社時点呼を行う必要があります。検知器使用・記録を含めた対応が必要です。

このように、制度上は「本人の状態」ではなく、「業務の実態」が判断基準になります。例外は設けず、すべての運転者を対象とすることが、リスク回避にもつながります。

実務対応のポイント:点呼・検知・記録管理

ここからは、制度への対応を現場でどのように落とし込むかについて、実務の視点から解説します。チェック体制が形だけにならないためにも、運用フローや記録のポイントを具体的に整理しておきましょう。

点呼とアルコール検知器の運用

アルコールチェックは、点呼とセットで行われます。点呼の主な実施タイミングは次のとおりです。

●運転開始前(出発時)
●運転終了後(帰社時)
●途中休憩や車両乗り換えの際(必要に応じて)

実施方法としては、以下の点に留意する必要があります。

●検知器は所属営業所のものを原則使用
ただし直行直帰や出張時など、電話点呼時には携帯型の検知器利用が認められます。

●うがい・時間調整の推奨
口内の食べ物・洗口液などで反応が出ることがあるため、反応があった場合にはうがいや時間経過後の再検査が必要です。

●検知器が反応した場合の対応
「誤検知」や「反応値が低い場合」でも、そのまま運転させることは不可です。再検査、上長報告、運転中止措置を含めた対応フローが必要です。

記録義務と保存要件

点呼およびアルコールチェックには記録義務があります。記録内容とその取り扱いは次の通りです。

●記録すべき項目例

・点呼日時
・運転者氏名
・点呼者氏名
・実施方法(対面・電話等)
・検査結果(反応の有無/測定数値は任意)

●保存期間

・通常の事業者:1年間
・貸切バス事業者等一部業種:3年間(電磁記録方式)

●記録媒体

・紙面または電子媒体で保存可。クラウド型管理システムも対応可能。

これらは、監査時や事故発生時の説明責任を果たすうえで必須の対応です。

チェック漏れ・ミス防止のための対策

現場での運用が定着しないと、記録漏れや不正記録といった問題が起きやすくなります。以下のような体制整備が有効です。

●二重チェック体制の導入

・点呼担当者+管理責任者による定期確認

●マニュアル整備と定期教育

・実施手順・対応フローを明文化し、年1回以上の教育を実施

●機器の定期点検と校正

・アルコール検知器は、メーカー推奨の周期で校正・保守を行う

これらの対応を通じて、制度上の義務を形式だけでなく実効的に機能させることが求められます。

リスク管理とトラブル対応

アルコールチェックの義務は、単なる形式ではなく「事業者としての安全配慮義務」の一環です。チェック体制が不十分なまま業務運転が行われれば、事故発生時に重大な責任を問われる可能性があります。

ここでは、よくあるトラブルやその対策について解説します。

誤検知・偽陽性・偽陰性への備え

アルコール検知器は非常に敏感な機器であり、誤作動や偽陽性(飲んでいないのに反応)・偽陰性(飲んでいるのに反応しない)といった現象が発生することがあります。

主な原因は以下の通りです。

●誤検知の原因

・食後直後の糖分・酢を含む食品
・洗口液や咳止めシロップ
・アルコール成分を含む化粧品や整髪料

●対応策

・検査前にうがいを徹底
・食事や歯磨き後は10~15分の時間を空けて検査
・検知反応が出た場合は再検査の手順を確立

このように、「反応が出た=飲酒」とは限らないケースもあるため、誤解や過剰反応を防ぐ運用ルールの整備が必要です。

また、検知器の精度を保つためには以下の対応も重要です。

●定期的な校正
●異常時の即時交換・点検
●校正記録の保管と管理

検知結果を記録として残しておくことが、万が一のトラブル時にも企業としての説明責任を果たす根拠になります。

チェック未実施・怠慢対応のリスク

アルコールチェックを怠った場合、企業が以下のような責任を問われる可能性があります。

●行政処分や罰則

・安全運転管理者未選任:最大50万円の罰金
・点呼・記録未実施:監査・指導対象となる

●事故発生時の損害賠償責任

・飲酒運転による事故が発生し、チェック未実施であった場合
・企業の運行管理体制に問題があったとされる可能性

●社内トラブル・信頼失墜

・チェックの運用にばらつきがあると、社員の不満や反発が生まれやすい
・管理体制の不備が社外に露見した場合、企業の信用低下を招く

こうしたリスクは、事前のマニュアル整備と教育によって大幅に抑えることができます。

トラブル事例と教訓

公開情報の中には、アルコールチェック体制が不十分だったことで問題になった事例もあります。

●ある中堅物流会社では
電話点呼時のアルコールチェックが実施されておらず、事故後の調査で体制不備が発覚。結果として国交省から業務改善命令を受けました。

●別の建設系企業では
営業車運転者への点呼を管理職が口頭で行い、記録を残していなかったため、社員の飲酒事故後に社内処分と損害賠償請求が行われました。

これらの事例から得られる教訓は明確です。記録がなければ、安全管理がなされていたと主張することは極めて困難です。形式であっても、記録を残すことが、企業防衛の第一歩となります。

Q&A よくある質問とその回答

ここでは、実際の運用現場でよくある質問を制度や運用ルールに基づいて解説します。

●Q:飲酒習慣がない社員への配慮はできないのか?
→いいえ、配慮という形でチェックを免除することは制度上できません。全運転者を対象とすることが制度設計上の原則です。

●Q:飲み会翌日の残留アルコールが検知された場合は?
→数値が出た時点で「運転中止」が原則です。明らかに誤検知と判断できる場合でも、再検査・時間調整・上長報告を行い、記録を残す対応が必要です。

●Q:通勤時間中の移動や自家用車使用はチェック対象か?
→通勤運転は原則として対象外ですが、企業が業務指示を出している移動であれば対象になります。「業務としての運転か否か」が判断基準です。

●Q:複数拠点でのアルコールチェック運用が負担になっている
→携帯型検知器の活用や、クラウド記録システムによる遠隔点呼管理などが認められています。検知器の配備計画と運用体制の見直しが有効です。

●Q:直行直帰の社員にどう対応すればよい?
→電話点呼やビデオ通話による確認が認められています。本人持ちの携帯型検知器を活用し、記録を本部に転送する形が一般的です。

これらのQ&Aは、管理者だけでなく運転者にも共有しておくことで、制度に対する納得感と遵守意識の向上につながります。

実践導入ステップ:企業が今すべきこと

アルコールチェック制度への対応は、単なる形式的な義務対応ではありません。自社の実態に即した体制づくりと、日々の運用定着が重要です。ここでは、企業が取るべき導入ステップを3段階に分けて整理します。

現状把握とギャップ分析

まずは、自社の運用体制や社用車の使用実態を正確に把握することが第一歩です。

●保有車両・運転者の把握

・白ナンバー車の台数、バン・トラック・バスなどの種類
・業務で運転する可能性のある社員数

●既存点呼体制の確認

・点呼が行われているか、その方法(対面・電話など)
・点呼者・管理者の役割分担、チェック記録の有無

●社内規定・マニュアルの精査

・安全運転管理規程が最新か
・直行直帰時・休日出勤時などの例外対応が規定されているか

これらの現状を可視化し、制度要件とのギャップをリスト化することで、次のアクションが明確になります。

機器選定と運用設計

次に、実際の運用に必要なツールやフローの整備に着手します。

●呼気検知器の選定

・音・色・数値などで「酒気帯びの有無」が判定できる機器
・携帯型(直行直帰用)と据置型(営業所用)を使い分ける

●点呼・記録の標準フローを設計

・出発前・帰社時のタイミングに点呼を組み込む
・電話点呼・クラウド記録の併用ルールを明文化

●記録様式の整備

・紙/電子どちらでも良いが、項目(氏名・日時・検査方法など)を網羅する
・誰でも使えるフォーマットにすることで、属人化を防止

この段階では、現場と管理部門が連携して「運用しやすさ」を意識した設計を行うことが肝要です。

教育・内部稼働・試行運用フェーズ

制度は「形だけ整えて終わり」ではありません。現場で確実に回るよう、継続的な教育と試行運用が欠かせません。

●対象者への研修・周知

・運転者・点呼担当者・管理者を対象に制度の目的と手順を説明
・質問しやすい場を設け、不安を残さないようにする

●パイロット運用(試行期間の設定)

・一部部署または短期間での先行導入を実施
・課題点を洗い出し、改善策を反映

●モニタリング体制の構築

・定期的に記録の整合性や運用状況をチェック
・教育不足や記録ミスが見つかれば、都度修正

こうした段階的な導入プロセスを経ることで、社内に「安全管理の文化」を根づかせることができます。

まとめ

アルコールチェック義務化においては、「お酒を飲まない人だから関係ない」という考え方が、制度違反やリスクを招く原因になり得ます。制度の根幹は、「飲酒習慣ではなく、業務での運転行為」に基づいており、すべての運転者を対象とすることが法的にも運用上も前提です。

本記事では以下のポイントを解説しました。

●制度の根拠と対象範囲:道路交通法施行規則により、目視・検知器による確認と記録が義務化された
●飲まない人もチェック対象となる理由:例外を設けると制度の一貫性と安全性が損なわれるため
●実務対応の具体策:点呼方法・記録内容・検知器の管理・リスク対策など
●よくある誤解への対応:申告除外不可・直行直帰の扱い・残留アルコールの考え方
●導入ステップ:現状把握→運用設計→教育・試行導入の流れで段階的に構築

もし、すでに制度対応を進めている企業であっても、形式的なチェックにとどまっていないか、実効性ある運用になっているかを今一度見直すことが求められます。

安全は、一人ひとりの行動の積み重ねから生まれます。
まずは「記録の見直し」「検知器の校正状況の確認」「直行直帰時の点呼ルールの整理」など、できることから取り組んでみてください。

制度対応は、社員の安全と企業の信頼を守るための第一歩です。