
2025.09.11
- コラム
制度の対象外=安全管理不要?空港構内車両に点呼が求められる現実
空港では、日々多くの構内車両が滑走路や誘導路で業務を行っています。給油車、バゲージカー、トーイングトラクターなど、航空機の運航を支えるこれらの車両は、高度な安全意識と確実な運用管理が求められます。
しかし、これらの構内車両は、道路運送法の対象外であるため、トラックやバスと違って「点呼」や「アルコールチェック」の法的義務はありません。だからこそ、現場の安全は各事業者の自主的な管理に大きく委ねられているのが現状です。
2025年には点呼制度が大きく改正され、自動点呼や遠隔点呼が正式に認められました。これをきっかけに、構内車両にも点呼やアルコールチェックの仕組みを取り入れ、「義務がないからやらない」ではなく、「やるべきだから導入する」方向へと変わり始めています。
この記事では、空港内で稼働する構内車両に焦点を当て、グランドハンドリング事業者が今後どう安全管理を進めていくべきか、最新制度や導入事例を交えながら具体的に解説します。
空港構内車両も点呼の対象になる?今求められる“自主的管理”の視点
滑走路に近接した特殊な環境で業務を行う構内車両にとって、運転者の状態管理は航空機と同様に極めて重要です。事故が起これば、航空機の運航遅延や大事故に直結する恐れがあります。
そのため、たとえ法的義務がなくても、安全を最優先に考えるなら、点呼やアルコールチェックの導入はもはや避けて通れないテーマです。
法的には義務対象外、それでも「点呼導入」が検討される背景とは
道路運送法では、点呼の義務は「営業用トラック・バス・タクシー」に限定されています。給油車やバゲージカーなど空港構内で使われる車両は、基本的にこの対象には含まれません。
しかし、空港内の車両も人命や運航に関わる重要な業務を担っています。法制度の網がかかっていないからこそ、企業が自ら安全管理体制を築く必要があります。
●構内車両は道路交通法上の営業車両ではない
対象外であるため、運輸支局や運行管理者による管理義務も存在しません。
●事故発生時の責任は企業に問われる
安全配慮義務がある以上、事後対応では済まされません。
●近年の制度改正で民間の安全管理に注目が集まっている
アルコールチェック義務化や自動点呼制度の施行により、法対象外業種でも「対応が求められる空気」が強まっています。
空港構内車両の運用と事故リスク
空港構内で運用される車両は、一般道とは異なる特殊な環境下で動いています。滑走路周辺や駐機場など、細心の注意を要するエリアで業務を行うため、少しの不注意が大きなリスクにつながります。
空港内で発生する構内車両事故の特徴と影響
●接触事故による航空機損傷
航空機と接触した場合、飛行前整備の遅延や運航中止の原因となることがあります。
●滑走路内侵入による重大インシデント
滑走路誤進入は管制指示無視と見なされ、厳しい処分対象です。
●業務中の体調不良による操作ミス
飲酒残留や疲労による判断力低下が、重大事故の引き金になることもあります。
これらは、日常的な点呼とアルコールチェックによって一定程度防止できます。
現場でのヒヤリハット事例と再発防止の課題
実際に以下のようなヒヤリハットが現場で報告されています。
●給油車が駐機中の航空機に接触しかけた
運転者が前日の飲酒を申告せず、反応が鈍かったことが要因。
●手荷物搬送車が指定経路を外れて滑走路に進入しかけた
確認不足と疲労が原因。事前の体調確認とルート再確認で防げた可能性がある。
こうした事例を見ると、点呼やアルコールチェックの仕組みが「形式的な手続き」ではなく、「リスク回避の実効策」であることがわかります。
2025年点呼制度改正で「自動点呼」「遠隔点呼」が正式化、空港業務にも応用可能に
2025年4月、国土交通省は点呼制度を大幅に改正し、「業務前の自動点呼」および「遠隔点呼(事業者間含む)」を正式に制度として認めました。これはトラック・バス業界を中心とした運送業の制度ですが、空港での構内車両管理にも応用可能な内容です。
空港業務では、運行管理者の配置や業務効率化が課題となるケースも多く、制度の進化に伴い「現場負担を抑えながらも安全性を高める」手段として注目されています。
改正内容の要点:自動点呼が対面点呼と同等に
制度改正のポイントは、これまで「対面でなければ無効」とされていた点呼が、自動点呼・遠隔点呼でも法的に有効と認められた点にあります。
●業務前の自動点呼が制度上で対面点呼と同格に
アルコールチェック、健康確認、日常点検などの条件を満たせば、自動化されたシステムによる点呼が認められます。
●遠隔点呼は、同一企業内だけでなく他社間でも可能
専門の運行管理センターが、複数拠点の点呼を一元管理する仕組みが合法化されました。
●記録の電子化と保存が必須に
点呼記録は一定期間保存が求められ、機器側での記録と管理体制の整備が必要になります。
遠隔点呼・自動点呼の導入条件と例外規定
導入するには以下の条件を満たす必要があります。
●アルコール検知器を用いた検査の自動記録
センサー付きのアルコールチェッカーを使い、結果を即時送信・記録できる必要があります。
●異常時の即時中止と、運行管理者への通知体制
検知異常や操作ミスが起きた場合は点呼を中止し、管理者が再点呼を行う必要があります。
●ビデオ通話などでの再点呼が可能
顔認証やビデオ通話を用いた確認で、遠隔からの安全確認も実施できます。
こうした仕組みを活用すれば、空港構内で複数チームが同時稼働する状況でも、中央管理方式での効率的な点呼が可能になります。
空港業務での活用に向けたポイント
空港業務での導入にあたっては、以下の観点が実用性を高める鍵となります。
●稼働チーム・業務ごとの点呼ルール整備
給油、手荷物搬送、航空機牽引など、業務別に点呼内容を最適化することで、無駄のない運用が可能です。
●管理本部からの一元対応
現場ごとに点呼管理者を置くのではなく、空港内のオペレーションセンターからの遠隔点呼により、人的リソースの最適化ができます。
●再点呼時の対面補完体制
現場での異常があった場合には、即時の対面再点呼を行えるよう体制を整えておくことが求められます。
このように、自動点呼の制度は空港内の安全管理にも応用可能であり、「安全を確保しつつ効率を高める」という目的に適合した手段です。
アルコールチェックの制度と空港業務の接点:法の枠外でも実施が求められる理由
空港業務の中でも、操縦士や管制官にはすでに厳格なアルコールチェックが義務化されています。これに対し、構内車両の運転者には明確な義務規定はありません。
しかし、空港という高リスク環境での業務を担う以上、「義務かどうか」ではなく「必要かどうか」で導入を判断する時代に入っています。
国が管理する空港でのアルコール検査要領とは
国が管理する21の主要空港では、2025年5月にアルコール検査要領が改正されました。自家用操縦士に対しても、空港施設の使用時には検知器を用いた検査が求められるようになっています。
●対象:自家用機操縦士や航空機関士など
事業用操縦士だけでなく、私用飛行を行う操縦士も対象となっています。
●実施主体:空港管理者
チェックは空港側の職員によって実施され、結果記録も義務化されています。
このような制度改正は、「航空の安全確保は全体で責任を持つべき」という国の姿勢の表れであり、構内車両の管理にも波及する可能性を示唆しています。
空港構内業務にアルコールチェックを導入すべき3つの理由
空港内の構内車両には明確な法的義務はありませんが、安全と責任を重視する企業ほど、すでにアルコールチェックを自主導入しています。その背景には、以下の3つの理由があります。
●安全性の向上
アルコールの影響下では判断力が低下し、わずかな操作ミスが大事故に直結します。飲酒運転の未然防止は、航空機の安全運航を支える基盤です。
●事故発生時の責任明確化
万一の事故の際に「アルコールチェックを行っていない」となると、企業の安全配慮義務違反と見なされる可能性があります。記録を残すことで、責任所在が明確になります。
●社内管理体制の強化
チェック体制があることで、従業員の意識も変わります。「点呼=業務開始の合図」として、安全文化の醸成にもつながります。
航空管制官に対する検査義務の先行事例
航空管制官には、2019年の制度改正により業務前のアルコール検査が義務化されました。飲酒状態での勤務が発覚した過去の不祥事をきっかけに、検査・記録の体制が整備されたのです。
●検査の実施と結果の記録保存が法的に求められる
対象者が「飲酒していない」と口頭で答えるだけでは不十分。機器を用いた数値的なチェックが必須です。
●違反時の処分も制度として明確化
基準を超えた場合、即座に業務から外され、懲戒処分の対象になります。
この制度は、職種にかかわらず「空港内で人命に関わる業務に従事する者には、一定の安全基準が必要である」という共通認識のもとで設計されています。
「任意実施」でも意味がある:現場主導の管理強化事例
実際に、点呼やアルコールチェックを法的義務ではないにもかかわらず、自主導入している空港内事業者は増えています。その理由は、事故未然防止だけでなく、業務の信頼性を社外に示す効果もあるためです。
●グラハン業務の委託元(航空会社)への信頼アピール
安全管理が明確にされている事業者は、委託継続や選定時の評価にもつながります。
●現場リーダーが点呼を行う仕組みを導入
対面でのアルコール確認を、簡易システムと記録帳簿で対応している例もあります。
●小規模現場でも簡易キットでの確認を継続
構内限定の車両運用でも、業務前確認を「習慣」として根づかせることで、安全性と信頼性を両立させています。
グランドハンドリング業界が抱える“安全管理の空白地帯”と制度設計の展望
現在、グランドハンドリング業界においては、安全管理(点呼・アルコールチェック)に関する法制度やガイドラインが整備されていません。この「制度の空白」は、事業者が自律的に対応しなければならない状況を意味します。
業界ガイドラインに安全管理は含まれていない現実
国土交通省が公開している「適正取引ガイドライン」では、主に下請契約や処遇改善に焦点が置かれ、安全確認や点呼体制といった現場レベルのマネジメントについては言及がありません。
●点呼義務の適用対象ではない
構内車両は運送業法上の車両ではないため、現時点で制度的義務の範囲外です。
●ガイドラインに安全管理項目がない
点呼や体調確認は、あくまで企業判断に委ねられています。
このため、法整備に先行して、企業が独自に管理体制を構築する必要があります。
制度がなくても責任は残る:リスク管理としての“点呼準拠”という考え方
制度的な義務がないからといって、何も管理しなくてよいわけではありません。事故が起きれば、企業には「安全配慮義務」が問われ、損害賠償や事業契約の打ち切りなど重大な影響が及びます。
●点呼制度を“モデル”として活用する
トラック業界の点呼項目(健康確認、アルコールチェック、車両点検など)を参考に、グラハン用のチェック体制を構築できます。
●事故時の説明責任に備える
万が一の際に「確認していた」という記録があれば、企業としての対応の根拠になります。
●職場文化としての安全意識向上に役立つ
点呼の仕組みがあれば、現場でも「確認し合う」風土が自然と育ちます。
トラック業界の制度をモデルにした“社内点呼基準”構築のすすめ
グランドハンドリング業務においても、安全管理体制の構築には、すでに確立された制度を「参考モデル」として応用するのが有効です。その代表例が、トラック運送業界の点呼制度です。
この制度は、現場の運行安全を確保するために必要な確認項目を網羅しており、空港構内車両にも応用可能なチェックリストとして活用できます。
●健康状態の確認
運転者が頭痛・めまい・睡眠不足などの自覚症状を訴えていないか、体調チェックを行う。
●アルコールチェックの実施
検知器を用い、飲酒の有無を数値で確認。結果は記録に残す。
●車両の状態確認
タイヤ、ライト、ブレーキなどの基本的な点検を業務前に実施。
●業務内容とルートの共有
当日の運行ルート、搭載物、注意点などを現場で口頭確認。
このような項目を取り入れた“社内版点呼基準”を作成することで、制度がなくても安全管理を実効性のあるものに変えられます。
導入効果とリスク:点呼・アルコールチェックは「コスト」か「投資」か
「義務ではないけれど、やるべきだ」と感じたとき、次に問題になるのは導入コストです。しかし、点呼やアルコールチェックは「守りの投資」であり、結果的には事故による損失や信用低下のリスクを防ぐ手段となります。
ここでは、導入の効果とリスクの両面を具体的に整理します。
自動点呼による具体的な効果:業界調査にみる実数値
2025年に実施された運送業界の調査では、自動点呼の導入企業が次のような効果を実感しています。
●労働時間の削減(90.6%)
点呼の記録や確認作業が効率化され、管理者・現場双方の負担が軽減されました。
●点呼の確実性向上(78.8%)
操作の記録が自動保存されるため、形式的な点呼がなくなり、実効性が高まりました。
●健康起因事故の防止(73.0%)
飲酒や体調不良による事故が減少し、再発防止にもつながりました。
●経費削減(69.3%)
記録管理・点呼担当者の稼働を見直すことで、間接コストの抑制が実現しました。
これらの効果は、グラハン業務においても十分応用可能です。
点呼不備による処分事例に学ぶ「やらなかったリスク」
点呼の未実施や形式的な対応が重大な処分につながった事例もあります。たとえば、ある大手事業者では、運転者の体調確認を怠った結果、事故が発生し、行政から事業停止処分を受けました。
●形式的点呼は「やったふり」とみなされる
健康状態やアルコールの有無を確認せず、記録だけ残すような点呼は、実態として認められません。
●事故後に問われる「安全配慮義務」
制度上の義務がなくても、従業員の状態を把握しようとしなかったこと自体が責任追及の根拠になります。
グラハン業務でも同様の視点で安全管理を行う必要があります。
点呼機器や検知器の導入コストを抑える工夫
コストが不安で導入に踏み出せない場合でも、次のような工夫で初期費用を抑えることが可能です。
●リース導入やサブスクリプションの活用
検知器や点呼端末は、購入ではなく月額制での導入も選択できます。
●スマートフォン連携型のシンプルな仕組みから開始
タブレットやスマートフォンと連携できるアルコールチェッカーを使えば、最小限の初期投資で点呼を開始できます。
●複数拠点の統合管理による効率化
全拠点を1つの運行管理システムでまとめることで、人件費や設備コストの重複を回避できます。
こうした工夫により、コストを「導入できない理由」にせず、「導入する前提で最適化する」視点が重要です。
空港構内車両管理の次の一手は?導入に向けた判断ポイントと準備事項
制度の枠を超えて、空港構内車両への点呼・アルコールチェックの導入が現実的な選択肢となる中、実際に何から始めればよいのか。ここでは、グランドハンドリング事業者が導入に向けて踏み出すために必要な判断ポイントと準備事項を整理します。
社内ルール策定のためのチェックリスト
点呼やアルコールチェックの導入は、制度に従うというよりも、「自社の安全方針に基づいたルール整備」が前提です。以下の観点をチェックし、最低限の運用基準を明文化することが重要です。
●点呼実施の対象者とタイミングを定める
どの業務・どの時間帯で実施するかを明確にし、ルールとして従業員に周知します。
●アルコール検知器の配備場所と管理方法を決める
チームの拠点や整備エリアなど、使用頻度の高い場所に設置します。
●記録方法と保存期間を定める
紙台帳やアプリの選定、データ保存方法(クラウド・サーバー)を検討します。
●異常時の対応フローを明文化する
アルコール反応や体調異常が発見された際の報告・再点呼手順を決めておきます。
これらのルールは一度作ったら終わりではなく、実運用に合わせて継続的に見直す体制も整えておくことが理想です。
導入時に検討すべき業務フローと人員配置
導入後の混乱を防ぐためには、あらかじめ業務フローを整理し、どのタイミングで誰が何をするのかを具体化しておく必要があります。
●点呼担当者の選任
管理職や現場リーダーが点呼を兼任できるか、人員の再配置も含めて検討します。
●点呼のタイミングと業務開始時間の調整
出勤直後の集中を避け、スムーズに点呼が行えるよう調整します。
●記録と管理を一元化する体制整備
複数の現場がある場合は、情報の重複や漏れを防ぐために、1カ所で管理できる体制が有効です。
●現場従業員への教育とマニュアル整備
点呼の意義や操作方法を全員が理解できるよう、研修や動画マニュアルなどを活用します。
現場の負担を増やさず、安全性を高めるには、システムそのものの導入だけでなく「人と業務の再設計」が欠かせません。
導入後の効果検証と継続的改善の視点
導入はゴールではなく、むしろスタートです。導入後の運用が実際に効果を生んでいるか、定期的な見直しと改善が必要です。
●事故・ヒヤリハット件数の変化を把握する
導入前後での件数を比較し、点呼やアルコールチェックがどう機能しているかを評価します。
●従業員の声をフィードバックに活かす
「使いにくい」「負担が大きい」などの現場の声を収集し、改善につなげる体制を持ちます。
●運用ルールの再整理と段階的な拡張
まずは一部の車両・部署から始め、成果が見えたら他のエリアに拡大していく方法も有効です。
●導入の効果を社内外に示す
点呼の有効性を示すことで、他部署や取引先からの信頼性向上にもつながります。
継続的に改善を重ねることで、「やる意味がある」と現場でも実感され、安全文化が根づいていきます。
まとめ

空港業務の根幹を支える構内車両の運用には、高い安全性と正確なオペレーションが求められます。現在、構内車両に対しては法的な点呼義務やアルコールチェック義務は課されていませんが、制度がないことが「自由」であるとは限りません。
2025年の点呼制度改正や航空業界全体の安全強化の流れを踏まえると、グランドハンドリング業務においても、自主的な安全管理体制の構築が必要なフェーズに入っています。
点呼やアルコールチェックの導入は、決して大げさな仕組みではありません。まずは小さく始め、できるところから整備し、継続的に改善することで、現場の安全性と業務の信頼性は確実に高まります。
「義務だからやる」のではなく、「安全のためにやる」管理体制こそが、今後の空港業務の質を決定づける大きな要素です。今だからこそ、自社の現場に合った点呼・チェック体制を見直し、安全と効率の両立を図っていきましょう。