2025.11.20
- コラム
飲酒を認めない社員にどう向き合う?経営者が知っておくべき証拠と対応
はじめに
社員の飲酒トラブルは、企業にとって reputational(評判)リスクや法的リスクを伴います。
特に本人が「飲んでいない」と主張するケースでは、感情や印象で判断すると誤った処分に発展しかねません。
否認があった際、経営者や人事責任者には冷静かつ手順を踏んだ対応が求められます。
この記事では、飲酒の否定があった場合にどのように事実確認を進め、何を基準に処分判断を行うべきかを明確に整理します。
処分リスクを避け、組織の秩序を守るために必要な視点を網羅的に解説します。
本人が否定している場合、処分の判断を下す前に必ずすべき対応とは?
飲酒トラブルの処分判断は、企業の内部規律や信頼関係に大きな影響を与えます。
本人が否認している場合、感情的な対応や印象による判断は厳禁です。
適法かつ合理的なプロセスに基づく対応が不可欠です。
否定されたときの初期対応フロー
社員が「飲んでいない」と主張した場合、次のような冷静な対応フローに沿って行動することが重要です。
●状況の事実確認を開始する
飲酒が疑われた日時、場所、行動内容など、具体的な情報を整理します。
●関係者ヒアリングを実施する
上司、同僚、関係者から当日の様子を聞き取ります。偏りのない第三者の情報も含めます。
●客観的記録が存在するかを確認する
カメラ映像、メール、SNS、業務日報などの記録が残っていないかをチェックします。
●本人にも事実確認の機会を設ける
一方的な断定を避け、本人に説明機会を与えます。これにより適正手続きが担保されます。
初期段階でこの手順を踏むことで、企業側の誤判断リスクを回避できます。
「弁明の機会」を与えずに処分するリスク
労働法上、企業が懲戒処分を行う際には「適正手続き」の遵守が求められます。
この中で特に重視されるのが、本人に対して「弁明の機会」を与えることです。
●弁明なしで処分を下した場合、処分無効とされる可能性が高まります。
●裁判例でも、弁明の不備は「手続きの瑕疵(かし)」と判断されやすく、企業側が不利になります。
●適正手続きが確認されていない処分は、不当解雇や名誉毀損の訴訟リスクにつながります。
弁明の機会を形式的なものとせず、具体的な説明や反論の場として設けることが重要です。
経営者が避けるべき「決めつけ対応」の具体例
本人が否認していても、曖昧な証言や噂をもとに「飲んだに違いない」と決めつけてしまう対応は危険です。
●上司や同僚の「酔っていたように見えた」という印象だけで処分した
主観的判断による処分は、合理性が問われやすく、訴訟リスクが高まります。
●他の社員の噂や聞き込みを根拠に処分した
噂や伝聞は証拠能力に乏しく、処分根拠としては不十分です。
●飲酒歴や過去の問題行動をもとに今回も飲んでいたと判断した
過去の事例はあくまで参考であり、今回の行動について客観的な証拠が必要です。
これらの対応は、本人の主張を軽視していると見なされ、組織内の信頼を損なう原因にもなります。
飲酒否定が起きやすいシーンと、その背景理解が対応を左右する
飲酒を否認する背景には、単なる事実の争いだけでなく、個人の立場や状況、会社側の認識不足が影響しています。
対応を誤らないためには、否定が起きやすい場面と、その背景事情を理解することが欠かせません。
よくある「飲酒否定」シチュエーション
飲酒トラブルが起こりやすく、かつ本人が否定しやすい典型的な場面には次のようなものがあります。
●社内の懇親会や打ち上げ後
軽く飲んだだけ、覚えていない、酔っていないと主張されやすい場面です。
●自家用車・社用車での運転直前
飲酒後すぐの運転が問題視される場合、本人は「飲んでない」と否認することが多くなります。
●勤務時間前の立ち寄りや食事会後
出社前に飲んでいたかどうかは、会社が把握しにくく、否認されやすい時間帯です。
●営業先での接待や会食
業務の一環としての飲酒が混在するため、「業務中ではない」といった主張で否定されやすくなります。
これらのシーンでは、本人の言い分と会社側の見解がすれ違いやすく、確認作業に時間がかかる傾向があります。
「酔っていたかどうか」が争点になる理由と落とし穴
飲酒に関するトラブルで特に厄介なのが、「酔っていた状態かどうか」が争点になるケースです。
●飲んだかどうかではなく、酔っていたかが問題になる
飲酒の有無は認めても、「酔ってはいなかった」と否認されるケースがあります。
●客観的に酩酊状態を証明するのは困難
呼気検知や映像記録がない限り、酔っていたことを客観的に証明するのは非常に難しいです。
●認識のズレがトラブルを拡大させる
本人は「大丈夫だった」と考えていても、会社側は「業務に支障があった」と判断して食い違いが生じます。
酔っていたか否かに着目すると判断がぶれやすくなるため、証拠や事実確認に基づく客観的判断が必要です。
証拠と記録がすべて:主観でなく客観性をもとに事実を確認する方法
飲酒を否定する社員への対応で最も重要なのが、主観的印象に頼らず、客観的な証拠に基づいて判断することです。
「酔っているように見えた」ではなく、「何が・いつ・どう記録されているか」によって対応を判断する姿勢が求められます。
証拠の確保は、万一の訴訟対応においても大きな意味を持ちます。
記録すべき具体的な証拠の種類
飲酒疑惑に関しては、以下のような業務に関係する記録や周辺情報の保存が有効です。
●業務日報・行動記録
当日の勤務時間・行動・立ち寄り先など、社員自身の申告と照合できる資料として有用です。
●社内・社外の監視カメラ映像
時間帯や挙動の確認が可能です。飲酒行動やその前後の動きも把握できます。
●通話記録・チャット履歴
会話のトーンや内容から、判断材料になる場合があります。日時記録が重要です。
●SNS投稿・個人メッセージ
本人の投稿が飲酒を示唆しているケースもあります。情報収集には慎重な対応が必要です。
●社内メール・業務連絡の内容
体調不良や判断力の低下など、業務への影響が見られるかをチェックします。
これらの記録は一つ一つでは決定的な証拠とならなくても、複数を組み合わせて状況を再構築することができます。
アルコール検知の記録活用:どこまで証明力があるか
アルコール検知器による測定記録は、飲酒確認の手段として一定の信頼性を持ちます。
ただし、その扱い方によって証明力に差が出るため、以下の点に注意が必要です。
●数値記録が残る機器を使用する
単なるブザー型ではなく、測定日時と数値を残せるものを選定することが前提となります。
●記録は個人ごとに管理し、保存期間を定める
法的トラブルに備え、記録の保管体制と保存ルールを整えておく必要があります。
●任意検査の場合は同意書の取得を検討する
法的根拠が明確でない場合、本人同意を得て運用することが安全です。
●故障や誤作動時のリスクを踏まえて記録を補完する
一度の測定で全てを判断せず、他の情報と組み合わせることが推奨されます。
アルコール検知は便利な手段ですが、絶対的な証明にはなりにくいため、「補強証拠」としての運用が現実的です。
客観性を高める「第三者の立ち会い」活用法
トラブル防止の観点から、第三者の立ち会いを積極的に活用することも有効です。
●利害関係のない立場の社員を同席させる
本人との面談や事情聴取に第三者を加えることで、企業側の対応が公正であることを示せます。
●外部の労務コンサルタントや顧問社労士を交える
特に処分の判断が絡む場面では、外部の第三者を活用することで中立性と正当性が確保されます。
●後日トラブルへの備えとして記録を残す
会話内容や面談内容を記録・保存しておくことで、主張の食い違いを防ぐことができます。
第三者の立ち会いは、双方にとって納得感の高いプロセスを支える手段になります。
説明義務・証明責任を正しく理解し、社内トラブルを最小化する
飲酒トラブルが発生した場合、誰が何を説明し、何を証明するのかという責任の所在を正しく理解しておく必要があります。
これを曖昧にしたまま処分を進めると、不当処分・訴訟リスクが高まります。
説明義務は経営者側にある:誤った処分が訴訟リスクに発展
企業が懲戒処分を行う場合、その処分理由や背景についての「説明責任」は経営者側にあります。
●就業規則違反があったとする場合、その事実と規則の関係性を企業側が明示する必要があります。
●本人の行為がどの規律違反に該当するか、何を根拠に判断したかを説明しなければなりません。
●適正な手続き(ヒアリング・証拠確認・弁明の機会)を経ているかどうかも重要です。
説明を怠ったまま処分に至ると、たとえ違反が事実であっても処分そのものが「無効」と判断される可能性があります。
社員側の「証明責任」が問われるケースとは?
一方で、一定のケースでは社員側に事実を証明する責任が課されることもあります。
●業務中の飲酒ではなく、勤務時間外であったと主張する場合
時間や場所の特定を含め、社員自身が説明責任を負うことになります。
●正当な事情があって飲酒したと主張する場合
医療的理由や接待業務の一環など、合理的説明が求められる場面です。
●検知されたアルコール数値に異議を唱える場合
再検査や他の客観的証拠を提示する必要があります。
ただし、企業側が証拠や記録を十分に備えていない場合、社員に証明責任を求めることは難しいケースもあります。
そのため、証拠の確保と手続きの正当性が、企業側にとって最も重要な対策となります。
最終判断:処分に踏み切る前に必ずチェックすべき3つの条件
飲酒否定が続いている場合でも、企業が懲戒処分を行う際には合理性・手続き・規定整合性を満たしているかどうかを確認する必要があります。
ここを曖昧にしたまま処分を行うと、後から無効と判断される可能性が高まります。
社内規定との整合性チェック
懲戒処分を行う際には、行動が就業規則や服務規律で定義された違反行為に該当している必要があります。
●どの条文に違反した行為かを明確に特定する
飲酒行為自体を禁じる規定なのか、業務影響を禁止しているのかを確認します。
●規定が曖昧な場合は処分の正当性が弱まる
「職務専念義務違反」「信頼失墜行為」など抽象的な規定だけでは争点が増えます。
●社内規定と実際の運用が一致していることを確認する
同様のケースで過去に処分をしていない場合、処分権行使が不公平と判断される可能性があります。
規定との整合性は、法的な防御だけでなく組織内の納得感にも直結します。
処分の相当性(重さ)が妥当かの見極め
処分の妥当性は、「行為の程度」「影響の大きさ」「再発可能性」を踏まえて判断します。
●事実の重大性と処分内容が釣り合っているかを確認する
軽度の飲酒と解雇処分では、均衡が取れていないと判断されます。
●同様の事例と比較して一貫した処分かを確認する
過去に類似行為で戒告処分なのに今回は減給とした場合、合理性が問われます。
●教育・指導・警告といった段階的措置を踏んでいるかを確認する
いきなり懲戒処分に踏み切ると「相当性を欠く」と判断されやすくなります。
処分は制裁ではなく組織秩序維持の手段であるため、合理的なバランスを保つことが重要です。
処分後の反応・訴訟リスク・レピュテーションを想定しておく
処分を行う場合、事後発生するリスクと影響も事前に検討する必要があります。
●本人が処分に異議を申し立てる可能性を想定する
異議申立て制度や話し合いの場を設けることで、紛争の拡大を防げます。
●労働審判・訴訟に発展するリスクを見込む
処分理由や証拠整理を文書化しておくことで対応が容易になります。
●社内外への影響や評判を考慮する
過度な処分は離職やモチベーション低下につながります。社内広報も含めた対応が必要です。
処分は最終手段であり、組織運営上の影響を見越した判断が求められます。
飲酒疑惑が起きた後、再発防止に取り組むべき具体策
飲酒トラブルは一度発生すると、同様の問題が再発しやすくなります。
そのため、処分で終えるのではなく、組織全体の仕組みを改善してリスクを減らす取り組みが必要です。
教育と周知の再設計
飲酒に関するトラブルは、ルールが曖昧だったり共通認識が不足している場合に起こりやすくなります。
●飲酒に関する企業方針を文書化し明確化する
勤務前・勤務中・社用車運転前など、状況別の基準を示します。
●研修や説明会を実施し理解を定着させる
年1回など定期的に実施し、形骸化を防ぎます。
●運用ルールを見直し、現場で守られる状態に調整する
実態に合っていない規定は見直す必要があります。
教育は「禁止する」のではなく、行動基準を共有することが目的です。
アルコール検知器など物理的対策の導入
現場での運用を確実にするため、測定制度や機器を導入する方法も有効です。
●出社時や運転前に測定する仕組みを導入する
日常運用することで判断基準を定量化できます。
●測定結果の保存制度を整える
過去記録を参照できる状態にすることでトラブル予防につながります。
●現場負担やコストを考慮して機材を選定する
過度な負担は運用継続を妨げます。
数値管理は客観性を高め、トラブルの水際防止に直結します。
匿名通報制度や相談窓口の整備
飲酒トラブルは当事者から表面化しないケースも多く、周囲が気づいても相談先が不明なケースがあります。
●匿名通報制度を設ける
問題が初期段階で発見できる仕組みとして有効です。
●相談窓口を複数設置しアクセスしやすくする
人事だけでなく外部窓口を設けることで情報が集まりやすくなります。
●通報内容を整理し、対応手順を整備する
通報後のフローを明確にしておくことで、対応が迅速になります。
再発防止策は「管理」ではなく「早期発見」のための仕組みづくりと捉えます。
まとめ

飲酒トラブルで本人が否定するケースは、事実確認が難しく感情的対立に発展しやすい特徴があります。
合理的な対応の前提となるのは次の3点です。
●証拠と手続きに基づいて判断する
●就業規則と整合した処分基準を持つ
●再発防止まで展開する
飲酒の有無ではなく、組織としてどのように判断し説明できる状態を作るかが重要です。
感情ではなく証拠・プロセス・整合性を軸に対応を行うことで、企業の信頼と秩序を守ることができます。