2025.11.20

  • コラム

陽性反応=即懲戒はNG?アルコール検査後に企業が取るべき正しい対応とは

企業がアルコール検査を導入する背景には、安全配慮義務の徹底と社会的信用の維持があります。特に運送業や製造業などの現場では、従業員の飲酒が重大な事故につながる可能性があり、検査体制の強化は欠かせません。

一方で、アルコールチェックで陽性反応が出たからといって、すぐに懲戒処分を下すことには重大なリスクがあります。誤った対応を取ると、不当解雇や損害賠償に発展するおそれもあるため、慎重な判断と正確な初動対応が求められます。

この記事では、陽性反応が出た後に取るべき正しい手順や、懲戒処分の可否を判断するための基準、就業規則の整備や裁判例に基づいた実務のポイントを解説します。経営者や労務担当者が適切な判断を下せるよう、実務に役立つ情報を体系的に整理しています。

企業の信頼を守り、法的リスクを回避するためには、アルコール検査後の正しい対応を理解し、適切に実行することが重要です。

陽性反応が出ても即懲戒はNGな理由

アルコールチェックで陽性反応が出た従業員に対して、即座に懲戒処分を行うことは原則として避けるべき対応です。企業側がこのような判断を下すと、法的リスクを招くおそれがあります。

アルコールチェック陽性=飲酒運転確定ではありません

呼気中アルコール濃度が基準値(0.15mg/L)を超えたとしても、それだけで懲戒処分が成立するわけではありません。陽性反応が出た場合でも、以下のような要素を確認せずに処分を進めることは適切ではありません。

●測定環境に誤差がある場合
たとえば、エタノール消毒の直後に検査を行った場合や、気温や湿度による誤作動などが原因で、正確な測定ができない可能性があります。

●検査機器の精度にばらつきがある場合
市販の簡易チェッカーと、業務用の高精度機器(例:東海電子 ALC-PRO II)とでは、測定の信頼性に差があります。

●検査タイミングのずれ
出勤前や勤務開始前に微量の残留アルコールが検出されたとしても、勤務中に影響がなければ処分の根拠とはなりません。

このように、陽性結果が出ただけでは、処分の根拠としては不十分です。必ず複数の視点から確認を行う必要があります。

労働契約法・懲戒解雇の有効性要件を理解しましょう

懲戒処分、特に懲戒解雇のような重い処分には、法的な裏付けが必要です。労働契約法第16条では、次の2つの要件を満たさない限り、懲戒解雇は無効とされています。

●客観的に合理的な理由があること
企業の主観的な判断ではなく、第三者から見ても妥当と認められる事実が必要です。

●社会通念上、相当と認められること
処分の内容と重さが、社会常識として受け入れられる範囲内である必要があります。

この2点が欠けている懲戒処分は、たとえ就業規則に記載されていても無効と判断される可能性があります。「陽性だったから当然解雇できる」という考え方は、法的には通用しません。

判例に見る即懲戒の危険性

即時の懲戒処分が法的に認められなかった事例も存在します。判例は企業側のリスクを考えるうえでの重要な参考資料です。

●東京高裁 昭和59年「タクシー運転手・酒酔い運転事件」
タクシー運転手が酒気帯び運転をした事例ですが、事故の被害が軽微であり、長年の勤続歴や会社の処分方針などを考慮した結果、懲戒解雇は重すぎると判断されました。

このような判例に共通しているのは、「行為の事実」だけでなく、「処分の重さ」や「周囲の事情」が総合的に判断されている点です。

従業員に対する即時の懲戒処分は、後に法的紛争に発展するおそれがあります。企業としては、初動対応を誤らないことが最大の防衛策となります。

懲戒処分を検討する前に取るべき初動対応手順

アルコール検査で陽性反応が出た場合、企業が最初に行うべきは事実の確認と記録の整備です。感情的な判断ではなく、客観的かつ法的に問題のないプロセスを踏むことが重要です。初動の対応が適切であれば、後の処分や対応についても正当性を持たせることができます。

STEP1:アルコール検出状況の再確認と記録

検査で陽性が出た場合でも、まずはその信頼性を確認する必要があります。測定結果の誤認や機器のトラブルによる誤検出を防ぐため、以下の確認を行います。

●測定環境の再確認
検査時の気温、湿度、使用場所、消毒剤の影響など、測定条件を記録します。アルコール消毒直後に検査した場合などは、再検査が必要です。

●測定時間と回数の記録
1回の測定だけで判断せず、数分空けて複数回測定し、すべての時間と数値を記録します。

●検査機器の性能を把握する
使用したアルコール検知器の機種名と検知方式(半導体式/電気化学式)を記録します。業務用であれば「東海電子 ALC-PRO II」など信頼性が高いものが推奨されます。

これらの情報は、後に社内調査資料や裁判資料としても活用できます。

STEP2:本人からの聞き取り調査

陽性反応の理由や背景を把握するために、本人への聞き取りが必要です。内容は記録に残し、必要があれば第三者の立ち会いも検討します。

●前日の飲酒状況の確認
飲酒の時刻、量、アルコールの種類を確認し、残留アルコールの可能性を検討します。

●健康状態や体質の確認
代謝に影響を与える持病や薬の服用がないかを確認します。体調不良がアルコール代謝に影響することもあります。

●業務内容と影響範囲の確認
当日の担当業務や、陽性反応によって業務に支障が出たかを確認します。

聞き取り内容を曖昧にせず、事実に基づいたメモを残すことが、後の判断材料になります。

STEP3:就業規則と懲戒事由の該当確認

陽性反応が出た場合でも、就業規則に明記された懲戒事由に該当しない限り、処分は難しくなります。以下の点を確認します。

●飲酒やアルコール検出に関する記載の有無
「勤務中の飲酒」「出勤前の飲酒」「業務に支障を及ぼす行為」など、具体的な記述があるか確認します。

●処分の種類と根拠の明記
就業規則の中で、アルコールに関連する懲戒処分の種類(譴責・減給・懲戒解雇など)と条件が記載されているか確認します。

●過去の処分との公平性
同様のケースが過去にあった場合、どのような処分を行ったかを参考にし、処分の公平性を確保します。

明確な就業規則に基づかない処分は、懲戒の有効性を欠くおそれがあります。

STEP4:弁明機会の付与と記録保存

処分の判断を下す前に、本人に対して弁明の機会を与えることが不可欠です。これは裁判所でも重視される手続きです。

●弁明機会の通知と実施
書面または口頭で「弁明の機会がある」旨を通知し、本人の言い分を聴取します。

●弁明内容の記録と保存
弁明内容は文書で記録し、社内調査資料とともに保存します。第三者が見ても手続きの正当性が担保されるようにしておくことが重要です。

●書面交付と本人確認
処分に進む場合は、懲戒通知書や弁明の記録に本人の確認印または署名を求め、証拠性を確保します。

弁明機会を設けずに処分を行った場合、手続き的瑕疵として無効とされる可能性が高まります。すべての対応を記録に残し、外部から見ても適正なプロセスを踏んでいることがわかるようにしましょう。

懲戒処分の判断に影響する8つのチェックポイント

懲戒処分の妥当性を判断する際には、行為の事実だけでなく、周囲の状況や従業員の属性まで含めて総合的に評価する必要があります。以下の8つのチェックポイントを参考にすると、判断の基準を明確に整理できます。

●業務中か業務外か(通勤中を含む)
勤務時間中での飲酒や陽性反応は、業務に直接的な支障をきたすため処分の対象とされやすくなります。一方、勤務時間外や通勤中の場合は、処分の根拠として弱まる傾向があります。

●酒気帯びか酒酔いか、呼気アルコール濃度の程度
呼気アルコール濃度の数値だけでなく、酩酊の程度や言動への影響も考慮されます。高濃度かつ行動に異常が見られる場合は、重い処分につながる可能性が高くなります。

●事故の有無・被害の程度
アルコールの影響によって事故やトラブルが発生した場合、その損害や被害の範囲に応じて処分が重くなる傾向にあります。逆に、実害がない場合は処分の必要性自体が問われることもあります。

●会社の業種(運送/製造/オフィスワークなど)
企業の業種や職場の性質によって、飲酒の影響度合いが変わります。たとえば運送業では、安全管理の観点から厳格な対応が求められる一方、事務系職種では影響が限定的と見なされる場合があります。

●職種・立場(ドライバー/管理職/一般社員など)
同じ飲酒行為であっても、管理職や安全責任者など影響力のある立場の従業員が関与した場合は、懲戒の必要性が強まることがあります。職種による責任の重さも考慮されます。

●マスコミ報道やSNS拡散の有無
外部への影響が大きい場合、企業の社会的信用を守るために処分の正当性が求められます。特に報道やSNSによって企業名が広まったケースでは、早急かつ厳格な対応が求められることがあります。

●懲戒歴や勤続年数などの本人属性
過去に同様の懲戒歴がある場合は、再発とみなされて処分が重くなります。一方、初回の違反であり、かつ勤続年数が長く評価も高い従業員であれば、情状酌量される可能性があります。

●類似ケースとの公平性
同じような事案で過去にどのような対応をしていたかは、社内外の公平性に関わります。処分の一貫性がない場合、不当処分と指摘されるリスクがあります。

これらの要素は、単独で判断材料となるものではなく、あくまで総合的に検討する必要があります。処分に進む前に、これらの観点から客観的に状況を整理し、対応方針を決定することが重要です。

実際の裁判例から見る懲戒処分の可否判断

アルコールに関連する従業員の不適切行為に対して、懲戒処分の可否が争点となった裁判は多数あります。その中でも、企業が判断を下す際のベンチマークとなる代表的な3つの判例を紹介します。

【有効】ヤマト運輸事件(東京地裁 平成19年)

配送ドライバーが出勤時に酒気帯び状態であったため、懲戒解雇とされた事案です。本人の言動や職種の性質を踏まえ、社会的信用に対する影響が大きいと判断されました。

●判決のポイント
業務上の重大な安全義務違反と見なされ、公共の信頼を損なったとして懲戒解雇が有効とされました。運送業という業種の特性も、処分の妥当性を裏付ける要素となりました。

【有効】郵便事業会社・課長代理事件(東京地裁 平成25年)

課長代理が公務中に飲酒をし、その後事故を起こしたケースです。アルコール濃度が高く、本人の過去の懲戒歴も考慮され、処分は妥当とされました。

●判決のポイント
業務中の飲酒と交通事故という二重の問題行為があり、社会的信用の失墜が重大であると判断されました。また、過去の懲戒歴も重視されました。

【無効】タクシー運転手・酒酔い運転事件(東京高裁 昭和59年)

勤務中に酒気帯び運転をしたタクシー運転手に対し、会社が懲戒解雇を行った事案です。しかし、判決では処分が重すぎるとして無効と判断されました。

●判決のポイント
事故の被害が軽微で、勤務態度や勤続歴などから処分の重さが過剰とされました。企業が就業規則に基づいて処分を行っていたとしても、実態に即した判断が求められるという教訓的な判例です。

これらの判例からも明らかなように、懲戒処分の可否は事案の詳細や従業員の属性、職種、業種によって判断が分かれます。自社の対応が法的に妥当かどうかを検討するためにも、過去の判例を参考にすることが有効です。

処分の種類ごとの特徴と適用判断

アルコールチェックで陽性反応が出た場合の対応としては、懲戒処分だけでなく、職場内の注意や指導、軽微な処分も含めて多様な選択肢があります。処分の種類ごとの特徴と、どのような状況で適用すべきかを明確にしておくことが、企業の対応方針の一貫性を保つうえで重要です。

軽度:戒告・訓告・譴責

●再発防止を目的とした注意的措置
初回の違反であり、かつアルコール濃度が低く業務への実害がなかった場合に適用されます。本人の反省の程度が大きく、聞き取り結果からも悪質性が認められないケースでは、軽度の処分にとどめることで企業と従業員の信頼関係を維持できます。

●文書での通知により記録が残る処分
戒告・訓告・譴責はいずれも口頭注意より重く、文書により正式に処分が通知されます。再発時の判断材料にもなります。

中度:減給・出勤停止・降格

●業務に支障をきたした場合の処分
飲酒により作業ミスや顧客対応のトラブルが生じた場合、実害が確認されたことを踏まえて中度の処分が検討されます。職場への影響の大きさに応じて処分を段階的に設定します。

●社内外への影響や再発リスクの高いケース
アルコール検査での陽性が複数回続いた場合や、同僚の安全を脅かす行動があった場合は、信頼回復の一環として一時的な職務変更や降格が妥当となる場合があります。

重度:諭旨解雇・懲戒解雇

●重大な事故や信用失墜行為があった場合の処分
飲酒によって交通事故を起こしたり、SNSや報道で企業名が拡散されるような社会的信用を大きく損なう行為があった場合は、最も重い懲戒処分が検討されます。特に運送業や医療業など、高い安全義務を負う職種では、処分の厳格さが求められます。

●過去の処分歴や再三の注意を無視した場合
再三の注意にもかかわらず、飲酒行為を繰り返した場合は、就業規則違反として処分の合理性と相当性が認められやすくなります。企業側が再発防止の努力をしていた記録が残っていれば、懲戒解雇の正当性を裏付ける要素となります。

処分を選択する際は、事実確認と就業規則の整合性を徹底したうえで、感情的・見せしめ的な対応にならないよう注意が必要です。

退職金を不支給にできるケースとできないケース

懲戒解雇が成立した場合でも、自動的に退職金を全額不支給にできるわけではありません。退職金の扱いについては、就業規則と判例に基づいた判断が必要となります。

懲戒解雇が有効でも「退職金支払い命令」が下る判例多数

企業側が懲戒解雇の有効性を裁判で認められても、退職金の全額不支給まで正当化されるとは限りません。実際の裁判例では、退職金の一部または全額の支払いが命じられるケースが多くあります。

●郵便事業会社の事例(400万円支払い命令)
高濃度のアルコール検出後に事故を起こした課長代理に対し、懲戒解雇は有効とされましたが、退職金は過去の功績や勤続歴を考慮して支払いが命じられました。企業が懲戒処分を厳格に行っても、功労的性質がある退職金の扱いは別途判断されるのが実情です。

不支給が認められるには「著しい背信性」の立証が必要

退職金の全額不支給が認められるためには、従業員の行為が会社への著しい背信行為であると認められる必要があります。単なるルール違反やミスではなく、重大な損害や社会的非難を受ける行為でなければなりません。

●日本通運事件の例
酒気帯びで事故を起こした従業員に対して退職金の一部減額は認められましたが、全額不支給は認められませんでした。会社に重大な損害を与えたとしても、過去の勤務実績や勤続年数を加味して一部の支払いが妥当とされました。

就業規則に退職金の支給基準や不支給条項を明記している場合でも、裁判では個別事情が重視されます。企業としては、退職金の扱いについても処分と同様に慎重な対応が求められます。

陽性反応時に労務管理者がやるべき対応まとめチェックリスト

アルコール検査で陽性反応が出た場合、企業側が取るべき対応には段階的な手順が存在します。対応の抜け漏れを防ぐために、労務管理者が押さえておくべき実務フローをチェックリストとして整理します。

●測定環境と再検査の実施
消毒の影響や測定機器の誤作動を排除するため、測定環境を記録し、必要に応じて再検査を実施します。

●測定結果と機器情報の記録
使用機器の機種名、検出数値、検査日時を正確に記録し、信頼性を担保します。

●本人への聞き取りと記録の作成
飲酒の有無、前日の行動、健康状態を確認し、ヒアリング内容を記録します。

●就業規則と懲戒事由の確認
アルコールに関する記載や処分規定が明記されているかを確認し、該当する処分内容を整理します。

●弁明の機会を通知・実施
本人に対して書面または口頭で弁明機会を提供し、本人の主張を聴取・記録します。

●社内での処分検討会議の実施
部門責任者・人事担当・法務担当など複数部門で協議し、処分の妥当性と公平性を検討します。

●類似事例との処分内容の比較
過去に同様のケースがあれば、その処分内容との整合性を確認します。

●懲戒通知書の作成と本人への交付
処分が確定した場合は、懲戒理由と処分内容を記載した文書を作成し、本人に交付・保存します。

●処分結果と対応内容の記録保管
調査から処分までの全対応を一元的に記録し、社内管理および将来の証拠資料として保管します。

●再発防止に向けた教育・啓発の実施
処分の発表に加え、社内全体への再発防止策(安全教育・就業規則の見直しなど)を実施します。

このチェックリストをベースに対応を進めることで、企業は法的リスクを抑えつつ、信頼性の高い判断を下すことが可能になります。

まとめ

アルコール検査の陽性反応が出たからといって、直ちに懲戒処分を下すことは適切とはいえません。企業には慎重かつ法的に整合性のある対応が求められます。

まずは検査結果の再確認や記録を行い、本人への聞き取りや就業規則の確認を通じて、事実関係を正確に把握することが第一歩です。その上で、処分の可否を8つの判断基準に照らして検討し、必要であれば弁明の機会を設けて公正な手続きを踏むことが重要です。

処分内容についても、戒告や譴責といった軽度の措置から、懲戒解雇といった重大な処分まで段階的に検討する必要があります。退職金の不支給に関しても、懲戒処分とは別の視点から法的判断が行われるため、慎重な対応が求められます。

企業として最も避けるべきは、感情的な判断による拙速な処分です。明確な就業規則と対応マニュアル、そして判例に学ぶ判断軸を持つことで、リスクを回避し、健全な労務管理を実現できます。正しい知識と手順を備えておくことが、企業と従業員の双方を守る最善の策といえるでしょう。