2025.09.24

  • コラム

観光業も対象に|貸切バスのアルコールチェックで「やるべきこと」完全解説

観光業において、貸切バスの運行はツアーの安全と満足度を左右する重要な要素です。団体旅行や送迎サービスなど、バス運転者の責任は重大であり、その安全を守る制度として「アルコールチェックの義務化」が強化されました。

2024年4月の制度改正により、貸切バス事業者には点呼時のアルコールチェック実施だけでなく、「映像・音声の記録」「90日以上の保存」「顔が識別できる写真の撮影」など、具体的な義務が追加されています。これは単なる形式的対応ではなく、安全運行を保証するための最低限のルールです。

本記事では、観光業で貸切バスを活用している事業者や運行管理者が「自社が対象かどうか」「何を準備すべきか」を明確に判断できるように、法改正の背景と実務対応を具体的に解説します。実施内容だけでなく、保存・機材選定・違反時のリスクまで網羅し、安全と法令遵守を両立するための現場対応のポイントを整理します。

アルコールチェックは観光業に不可欠な「義務」|2024年から何が変わったのか

観光業で貸切バスを活用している事業者は、2024年4月の法改正により、点呼時のアルコールチェックが義務として明記されました。これまで以上に厳格な制度運用が求められています。

アルコールチェックの強化は、単なる形式的な検査ではなく、「記録」「保存」「確認」の一連の流れとして義務付けられました。具体的には、運転者の酒気帯びを検知器で確認するだけでなく、その検査の様子を録音・録画し、運転者の顔が識別できるように写真を撮影、そしてそれらを90日以上電子的に保存することが必要です。

この制度は、「一般貸切旅客自動車運送事業者」が対象です。観光バス、送迎バスなどを事業として運行している場合、これに該当します。単発のツアーから長期運行まで、乗客を乗せる貸切運行をしている場合は、例外なく対象と考えるべきです。

なぜ今、貸切バスにアルコールチェックが求められるのか

貸切バスに対するアルコールチェック強化の背景には、過去に発生した重大事故が関係しています。とくに運転者の酒気帯び運転による事故は、死亡者を出す深刻なケースがあり、社会問題として取り上げられてきました。

こうした事故の再発防止を目的に、国土交通省は2023年10月に「旅客自動車運送事業運輸規則」を改正。2024年4月から、アルコールチェックに関する具体的な義務内容を追加し、運行管理の強化を全国のバス事業者に求めました。

また、事故発生時の対応だけでなく、運行の信頼性確保や企業責任の明確化という観点からも、アルコールチェックの制度化が進められています。観光業者にとって、チェック体制が整っているかどうかは「顧客から選ばれるかどうか」にも関わる重要な要素となっています。

2024年4月施行の新制度で何が義務化されたのか

2024年4月の改正では、以下のような具体的な義務が追加されました。従来の「点呼」「検知器使用」に加えて、記録と保存までが法的義務として明確化されています。

点呼時の録音・録画の実施
対面・遠隔を問わず、点呼時のやり取りを録音・録画し、内容が確認できる状態にする必要があります。

アルコール検査時の写真撮影義務
検査中の運転者の顔が識別できる写真を撮影する必要があります(録画映像で代替可)。

電子的な保存と保存期間の義務化
録音・録画・写真をすべて90日以上電子的に保存しなければなりません。紙媒体では不十分です。

点呼記録・運行指示書などの3年間保存義務
これまでは1年間だった保存期間が、2024年の改正により3年間に延長されています。

これらはすべて、観光バス業者にとって日常業務に直結する項目です。点呼の際に検査機器が動作しない、写真が不鮮明で顔が確認できない、保存が紙で行われている――こうした状況では制度違反となる可能性があります。

対象となる観光業者・貸切バス事業者の範囲

アルコールチェック義務の対象となるのは、「一般貸切旅客自動車運送事業者」として国に登録されている事業者です。観光地を巡るバスツアーや、団体客の送迎などを行う観光バス業者は、基本的にこのカテゴリに該当します。

一方で、すべてのバス運行が対象となるわけではありません。たとえば、ホテルや商業施設が運行する送迎バスのように、事業として運送を行っていないケースでは、旅客自動車運送事業に該当しない可能性があります。また、白ナンバーでの社用車送迎もこの義務の対象外となる場合があります。

しかし、観光業で収益を伴うバスの運行を行っている限り、原則として対象事業者に含まれると考えるのが妥当です。自社が「一般貸切旅客自動車運送事業者」として登録されているかは、国土交通省の許可取得状況や車両のナンバープレート(緑ナンバー)などで判断できます。

点呼時のアルコールチェック義務は“記録・保存”までがセット

点呼時にアルコールチェックを実施していれば十分だと考えるのは誤りです。法令では、点呼の記録とその保存を含めて対応することが求められています。

点呼は、運行前に運転者の健康状態や酒気帯びの有無、車両の点検状況などを確認し、必要事項を記録する手続きです。アルコール検知器による測定は、その一環として行われるものであり、単独で行っても義務を果たしたことにはなりません。

点呼の様子は、録音・録画の形で記録し、電子的に保存する必要があります。検査時の写真を保存する場合でも、運転者の顔が明確に識別できることが条件です。また、保存期間は90日以上で、機器や媒体は紛失や改ざんを防ぐために管理された状態で保たなければなりません。

実施義務:アルコール検知器の使用と点呼の連動

アルコールチェックは、運転者に対する点呼の一部として実施されることが制度上の前提です。つまり、単に検知器で数値を測るだけでは不十分で、点呼を行った担当者が結果を確認し、記録として残す流れが不可欠です。

運行開始前には必ず点呼を実施する必要があります。その際、アルコール検知器で測定した結果をその場で確認し、異常がないことを記録します。記録には検査日時、結果、確認者、運転者名などが含まれます。

また、検知器は営業所に常時備え付け、使用可能な状態を保つ必要があります。機器の故障や電源切れによって検査ができない状態は、法令違反と見なされる恐れがあります。

営業所における対面点呼の基本フロー

運転者が出庫する前に営業所で行われる点呼は、以下のような手順で実施されます。

●点呼者と運転者が対面して、健康状態やアルコールチェックを実施
●アルコール検知器で測定し、点呼者が結果を確認
●測定中の様子を録画し、必要に応じて顔の写った写真を撮影
●点呼記録簿に日時・内容・確認者を記録
●音声記録と映像をあわせて保存し、90日間保管

業務が繁忙な中でも、この一連の流れを正しく運用することが求められます。省略や記録の不備がある場合、制度上の義務を満たしていないと判断されるおそれがあります。

遠隔点呼(IT点呼)の対応要件と注意点

営業所に運転者が出向けない場合などは、遠隔点呼(IT点呼)による対応も可能です。ただし、これには厳格な条件があります。

映像と音声をリアルタイムで双方向にやりとりできる環境が必要です。映像は運転者の顔が明確に識別でき、周囲の状況が確認できるものでなければなりません。音声も、雑音が少なく、内容が正確に聞き取れる品質が求められます。

また、通信が不安定だったり、照明が不十分で顔が見えにくい場合は、遠隔点呼が適切に実施されたとは認められません。記録された映像と音声は、対面点呼と同様に90日間保存する必要があります。

保存義務:写真・映像・音声記録の保存期間と要件

点呼の際に記録した情報は、すべて電子的に保存しなければなりません。録音や録画、検査時の写真などがこれに該当します。法令上、保存期間は90日以上とされており、紙媒体での保存は認められていません。

保存対象には、以下のような内容が含まれます。

●点呼時のやりとりの音声データ
●アルコール検査中の様子を記録した映像
●運転者の顔が識別可能な写真
●点呼内容(日時、点呼者、運転者名、検査結果など)の記録

保存先は、パソコンやクラウド、外部ストレージなどでも問題ありませんが、改ざんや削除を防ぐ管理体制が必要です。データにアクセスできる人を制限し、バックアップを確保することが推奨されます。

録画と写真撮影の違いと併用の判断基準

制度上は、録画で運転者の顔が確認でき、検査の様子も明瞭である場合、写真を別途保存する必要はありません。逆に、録音だけを行っている場合は、必ず顔が識別できる写真の保存が求められます。

録画の条件としては、次のような要件を満たしていることが望まれます。

●映像に運転者の顔と検査の様子が同時に映っている
●解像度が高く、顔の判別が容易
●撮影環境が明るく、映像が鮮明である

一方、録画の機能がない環境では、検査中の写真を確実に撮影し、日付・運転者名・検査状況が明記された形で保管する必要があります。写真のみで記録を行う場合は、1枚の画像にこれらの情報をすべて収めるのが望ましいとされています。

記録保存の方法とクラウド導入の可否

記録されたデータの保存には、クラウドサービスの活用も可能です。実際、多くの事業者がクラウド型の保存管理を導入しています。クラウドの利点は、複数拠点からのデータ統合や、保存容量の拡張がしやすい点にあります。

ただし、クラウドを使用する場合でも、以下の条件を守る必要があります。

●データが90日以上保管される設定であること
●セキュリティ対策が施されている(アクセス権限の管理、暗号化など)
●保存した内容を第三者が検証できる状態であること(改ざん不可)

一部の自治体や監査機関では、保存形式の仕様に関して指導が入ることもあります。保存形式が独自仕様であったり、再生ソフトが限定的な場合は、汎用的なファイル形式(MP4、WAV、JPEGなど)で保管しておくことが望ましいとされています。

関連書類・点呼記録の保存義務:3年間

アルコールチェックの映像・写真・音声は90日以上の保存ですが、それ以外の関連文書はさらに長期間の保存が必要です。2024年の法改正により、点呼記録簿や運行指示書、運転日報などは、すべて3年間の保存が義務付けられました。

これにより、以下のような書類を対象とした保存期間が変わっています。

●点呼記録簿:3年
●運行指示書:3年
●運転日報:3年
●配車計画書など業務記録:3年

誤って90日で廃棄してしまうケースも報告されていますが、これらの書類は紙での保存も可能です。保存方法をデジタルに統一することで業務効率化を図る企業も増えています。

使用するアルコール検知器と機材には「選定基準」がある

アルコールチェックに使用する検知器や撮影機材には、法令上の基準が定められています。単に市販の機器を設置すればよいというわけではなく、国土交通省の告示や運輸規則に適合するものを使用しなければなりません。

機器選定を誤ると、正しく点呼を行っていても「記録不備」や「機器不適格」として制度違反と判断される恐れがあります。特に初めて制度対応を行う事業者は、選定基準をしっかり把握しておく必要があります。

検知器は「国交省の告示基準」に適合する必要がある

アルコール検知器には、「数値表示型」と「ランプ表示型」の2種類があります。どちらを使用しても構いませんが、国交省の告示(運行管理者に関する指導及び監督の指針)に適合していることが必須です。

また、検知器は営業所に常時設置され、使用可能な状態を保っていなければなりません。機器の故障や電源切れがあった場合、それだけで制度違反となるリスクがあります。

定期的な動作確認を行い、故障の兆候があれば早めに交換または修理する体制が求められます。

性能規定が曖昧な場合の選び方

現行法では、呼気量や反応時間、検知精度などについて明確な数値基準は設けられていません。したがって、どの機器が適しているかを判断する際は、以下のようなポイントを参考にすることが実務上有効です。

●呼気を検知するための適切なセンサーを搭載しているか
●検査結果が点呼者にとって明確に確認できる表示方式であるか
●操作が簡便で、運転者が誤った使い方をしにくい構造になっているか

さらに、メーカーが点検・校正サービスを提供しているかどうかも、導入判断の基準となります。

校正・点検は義務ではないが推奨される

アルコール検知器の校正や点検は法的には義務ではありませんが、実務上は定期的に行うことが強く推奨されています。特に、長期間使用している機器はセンサーの劣化により精度が低下する可能性があります。

社内ルールとして、週1回以上の動作確認を実施し、記録を残す運用を整備することが望まれます。こうした記録は監査時に説明責任を果たす材料にもなります。

撮影機材の条件:「顔が識別できる」映像が必須

写真や録画映像についても、制度上は「顔が識別できる」ことが求められます。ここでの「識別可能」とは、日付や環境情報と合わせて、誰が写っているかが明確にわかる画質であることを意味します。

次のような条件を満たす機材を選定することが推奨されます。

●解像度が十分で、顔の輪郭や表情が明瞭に映る
●暗所や逆光でも補正が効くカメラを使用している
●写真・動画に記録日時が自動で入る機能がある

モノクロ映像やぼやけた画像では、識別が困難とされる場合があります。特にスマートフォンを用いた撮影の場合、端末の性能によっては制度を満たせないこともあるため注意が必要です。

違反時のリスクは重大|知らずに罰則対象になる前に

アルコールチェック制度に違反した場合、観光バス事業者には重大な行政処分が科されることがあります。チェックを実施していない、写真や録音が保存されていない、内容に不備があるといったケースでも、処分の対象になります。

違反による処分は、単なる注意喚起にとどまらず、業務停止や車両の運行停止という形で直接的な損失につながることがあります。

行政処分の具体例と処分体系

運輸局が定める処分基準では、違反の内容に応じて以下のような措置が取られます。

●録音・録画・写真の未保存:10日車〜100日車の車両停止処分
●点呼記録の不備:初回で警告、再違反で営業停止の可能性
●アルコール検査の身代わり:60日車〜120日車とされる重大違反

これらの処分は実際に適用された事例も複数あり、軽視できる内容ではありません。制度対応が不十分な状態で運行を続ければ、信頼を失うだけでなく、営業そのものが停止に追い込まれるリスクもあります。

なぜ金銭罰ではなく営業処分なのか

この制度における罰則の特徴は、罰金ではなく事業に対する営業停止措置が中心となっている点です。行政処分の目的は、安全運行に重大な支障があると判断された事業者に対し、業務を一時停止させることで再発防止を図ることにあります。

そのため、意図的な違反でなくても、記録や保存が不十分であれば、同様に処分の対象となります。処分の内容は一律ではなく、違反の内容・件数・過去の対応状況に応じて判断されます。

評価制度や監査時の影響も

アルコールチェック制度への対応状況は、国や地方自治体の安全評価制度にも反映されます。たとえば、貸切バス事業者安全性評価認定制度では、点呼・記録・保存の適切性が審査項目に含まれています。

評価制度でのランクが下がると、団体旅行案件や自治体からの業務受注に影響を及ぼす可能性もあります。逆に、制度対応が整っていれば、他社との差別化につながり、信頼性の高い事業者として評価されます。

アルコールチェック対応の「現場運用」チェックリスト

制度を正しく理解していても、現場での対応が徹底されていなければ法令違反となるおそれがあります。ここでは、観光バス業者がアルコールチェックを実際に運用するうえで確認すべき項目と、社内で整備すべき体制をチェックリスト形式で整理します。

管理者が準備すべき3つの環境整備

検知器の常時設置と有効保持
営業所ごとにアルコール検知器を設置し、いつでも使用できる状態を維持する。週1回以上の動作確認が望ましい。

点呼実施に適した場所の確保
明るく静かな場所に点呼スペースを設置。録音・録画・撮影が円滑に行える環境にする。

記録データの保存体制
90日保存のためのクラウドやストレージ環境を整備。アクセス権限の設定やバックアップも含めて管理する。

ドライバーへの指導と社内ルール作成のポイント

検査の手順理解と反復訓練
運転者が検知器の正しい使い方を習得しているか確認し、不備があれば繰り返し指導を行う。

点呼時の会話・動作のガイドライン作成
点呼者・運転者それぞれが行うべき確認内容をチェックリストにまとめ、記入と実施をセットでルール化する。

社内規定の整備と周知
検査・点呼・保存に関する社内マニュアルを作成し、全従業員に共有。新任者にも初期教育を実施する。

実務でよくある失敗と未対応ポイント

保存漏れ
録音・録画データを撮影したつもりで保存できていなかった例が多く報告されている。保存確認のチェック工程を設ける。

写真が不鮮明で顔が識別できない
暗い場所や逆光などで顔が判別できない画像は制度上認められない。照明や撮影機材の点検が必要。

検知器の電源が切れていた/バッテリー切れ
通電状態の確認を日々の業務に組み込み、出庫前点検の一環として管理する。

日報・点呼記録と写真・録音が紐づいていない
誰がいつどの記録を残したかが不明確な場合、証拠として認められない可能性がある。データ名やフォルダ管理を標準化する。

まとめ

観光業で貸切バスを運行する事業者にとって、アルコールチェックの対応は今や任意の対策ではなく、法令に基づく明確な義務です。2024年4月の制度改正によって、点呼の録音・録画・写真撮影、記録の電子保存、使用機材の基準など、実務に直結するルールが数多く追加されました。

しかし、これらの対応は単なる法令遵守にとどまらず、乗客の安全を守る信頼の基盤となります。適切な機材の導入、日々の点検、記録の保存体制、そしてドライバーと管理者の協力体制が整っていれば、安全性と業務の効率化を同時に実現することができます。

制度を正しく理解し、現場で確実に実行できる体制を構築することで、違反リスクを避けながら、観光業としての社会的信頼を高めることができます。まずは、自社の点呼と記録の運用を見直し、一つずつ確実に整備していくことが、事故のない安全運行への第一歩です。