2025.05.14

  • コラム

点呼できない直行直帰現場…清掃業の現場で守るべき法令対応とは

ビルや施設の清掃・管理業務を手がける事業者にとって、軽バンやミニバンなどの社用車を使った移動は日常の一部です。早朝の現場入りや複数物件の巡回など、現場直行・直帰が当たり前という業務スタイルも珍しくありません。

このような働き方が、2022年から段階的に義務化された「アルコールチェック」の法令対象となっていることをご存じでしょうか。

道路交通法施行規則の改正により、一定の車両を保有する事業者には、安全運転管理者の選任と、運転前後のアルコールチェックの実施が義務付けられました。さらに2023年12月からは、アルコール検知器を用いた確認も正式に義務化されています。

この義務化は運送業や旅客業に限られた話ではありません。軽バン1台で清掃現場を巡回するような中小事業者も、対象条件に該当すれば完全に同じ規制のもとで管理体制を求められます。

とりわけ、直行直帰の勤務体制を採る清掃業者にとっては「点呼をどうやって取るか」が大きな課題となっています。現場に管理者がいない中で、いかにして法令を満たす酒気帯び確認を実施するか。これは現場効率とコンプライアンスを両立させるうえでの要所です。

本記事では、清掃業におけるアルコールチェック義務の具体的な適用範囲と運用方法について、法令根拠を交えながら整理します。さらに、警察庁や都道府県警が示す「対面に準ずる方法」の内容や、現実的な対応手段として注目されるクラウド型システムの導入効果にも触れ、清掃業の現場で取るべき現実的な対応策を提示します。

義務化の背景と清掃業における適用

2022年4月、道路交通法施行規則が改正され、安全運転管理者には「運転前後の酒気帯び確認」と「記録保存」「アルコール検知器の有効保持」が新たに義務付けられました。背景にあるのは、業務中の飲酒運転による重大事故の増加です。

特に2021年に発生した八街市の通学路死亡事故をきっかけに、政府は飲酒運転撲滅のための緊急対策を講じました。この動きが全業種に波及し、運送業に限らず社用車を使用する事業者すべてが対象とされました。

清掃業も例外ではありません。たとえ運搬を主業としなくても、業務の一環として社用車を運転する場合は、同様に義務が課されます。

「自社は関係ない」は誤解?実は義務対象となる理由

ビルメンテナンス業や清掃会社において、以下のような車両運用をしていれば、アルコールチェック義務の対象になります。

軽バンやミニバンを使用した現場巡回
現場に資機材を運搬するための軽バン・ミニバンは、業務使用に該当します。

直行直帰で現場に向かう社員が車を運転
本社に立ち寄らなくても、業務開始前後の運転であれば酒気帯び確認が必要です。

点検や修理作業のための営業車利用
営業活動や作業支援など業務目的であれば、移動の有無に関わらず対象です。

使用する車両の種別や業種によって免除されることはありません。車両にナンバープレートがあり、業務に用いられていれば対象となります。

適用基準の再確認:保有車両が5台未満でも“対象になる”可能性

法律では「社用車を5台以上保有」「または定員11人以上の車両を1台以上保有」している事業所に、安全運転管理者の選任とアルコールチェックの義務が課されます。

ただし、以下のようなケースでは、保有している車両が少台数であっても「実質的な業務使用」が確認されれば指導・是正の対象となります。

業務用として私有車やレンタカーを使っている
企業として保有している車両台数が5台未満であっても、業務に使用する私有車と合算して5台を超える場合はアルコールチェック義務の対象者となります。

個人事業主が業務のために車を使う
法人格の有無にかかわらず、業務に用いている時点で「使用者」の義務が発生します。

一時的な出張や代車使用
一時的な運用でも、業務の一環として運転する場合は、確認と記録の実施が求められます。

法令は「業務に使う車か否か」に着目しています。車検証の名義や保有形態ではなく、「実態としての使用状況」で判断されることに留意が必要です。

清掃業に多い勤務スタイルと、法令とのギャップ

清掃業では、現場ごとに時間や場所が異なるため、勤務形態は柔軟にならざるを得ません。しかし、この柔軟性が、アルコールチェックの運用を難しくしています。

早朝・深夜の現場入り
現場によっては始業時間が午前5時や午後10時など、管理者の不在時間帯に及ぶことがあります。

1日複数現場の巡回業務
同日に複数の施設を移動しながら対応するため、都度の点呼が現実的ではありません。

本社に立ち寄らずに直行直帰
効率性を重視して現場直行・直帰を基本とする企業も多く、対面点呼が困難です。

このような実態に対して、警察庁は「対面に準ずる確認方法」の導入を認めており、これを適切に活用することが鍵となります。

義務の具体内容と対応の要点

アルコールチェック義務化により、安全運転管理者が担うべき対応内容は、明確に3つの柱に分けて定義されています。清掃業においても、これらの要件を満たす体制構築が必要です。

対象となる運転・車両の範囲

業務目的で使用される自動車は、たとえ短距離・少人数であっても、確認義務の対象です。社用車であるか否かを問わず、実態として業務に供されていることがポイントになります。

清掃作業車(軽バン・ミニバン等)
作業資機材や人員を現場へ運ぶ目的で使用する車両。自社所有かレンタルかを問わず対象となります。

営業車や点検車両
顧客対応や巡回点検業務のために使用する車両。日々の移動がある業務はすべて対象です。

レンタカーや個人所有車
一時的であっても業務に使用すれば義務の対象。所有者の名義や使用頻度に関係なく確認が必要です。

他拠点間の移動で使う車両
異なる拠点や現場間の移動にも業務使用が認められるため、対象車両として扱われます。

対象となる車両は、登録ナンバーの有無に関係なく、「道路交通法上の自動車」に該当することが原則です。

義務化された3つの柱

酒気帯び運転を未然に防ぐため、安全運転管理者に求められる主な業務は以下の3つです。

運転前後の酒気帯び確認
目視(顔色・呼気・声の調子)とアルコール検知器による測定を併用し、運転者の状態を確認します。

確認結果の記録と1年間の保存
確認日時・方法・車両・運転者・確認者など、定められた項目を正確に記録し、1年間保管します。

アルコール検知器の常時有効保持
機器が常に正常に作動するよう、取扱説明書に従い定期点検やメンテナンスを実施します。

これらの対応は、単なる形式的なものではなく、安全確保と法令順守の根幹を担う業務として求められています。

点呼が難しい直行直帰現場ではどうする?

直行直帰が基本となる清掃業務では、管理者と運転者が対面できないケースが日常的に発生します。こうした状況に対応するため、警察庁や都道府県警は「対面に準ずる方法」を公式に認めています。

カメラやモニターを活用した確認
ビデオ通話などで運転者の顔色・応答の声・検知器の数値をリアルタイムで確認する方法です。

音声通話+測定結果報告
携帯電話や無線を通じて、運転者と直接会話し、検知結果の数値を報告させる方法が有効です。

写真送信やメール報告のみは不可
管理者が運転者の反応を直接確認できない一方的な手段は、法令上「対面に準ずる方法」とは認められません。

確認者の代行設定
早朝や深夜など、管理者が対応できない時間帯には、副安全運転管理者や補助者の設置が推奨されています。

確認手段は技術的な工夫で代替できますが、「運転者と管理者の双方向性」「本人確認性」が満たされることが最低条件です。現場の実情に合わせて、確実な運用方法を選定することが重要です。

清掃業向けの現実的な対応手段:法令遵守と現場効率の両立へ

清掃業の現場では、法令を守りながらも日々の業務を止めない仕組みが求められます。特に直行直帰・少人数体制の事業所にとって、負担の少ない実行可能な方法が必要です。

本セクションでは、実際の選択肢として現場で導入されている3つの対応手段を紹介し、それぞれの特性を整理します。

紙台帳・電話・スタンドアロン型:最小限の運用で始めたい企業向け

コストを抑えて導入できる方法として、紙台帳や電話による点呼、スタンドアロン型のアルコール検知器を用いた運用があります。

紙台帳での記録運用
確認内容を紙面に手書きで記録。保存義務を満たす形式ですが、記載漏れや改ざんリスクが残ります。

電話での点呼実施
運転者と管理者が直接通話し、顔色や声の調子を確認しながら検知結果を報告。記録は手動で残します。

スタンドアロン型検知器の利用
数値が表示される簡易検知器を持たせ、測定値を管理者に報告。検知器本体に記録機能はなく、別途記録が必要です。

これらの方法は導入コストが小さい反面、以下のような限界もあります。

記録ミスや不正入力が起こりやすい
点呼の証跡が残らない
業務量が増え、管理者の負担が大きい

最小限の仕組みから始めたい企業にとっては第一歩ですが、将来的な管理水準向上を見据えた運用改善が求められます。

クラウド型チェックシステム:直行直帰・少人数運用にも対応

近年、クラウド連携型のアルコールチェックシステムが注目を集めています。スマートフォンや専用アプリを通じて測定から記録までを一元化でき、清掃業における柔軟な勤務スタイルにも対応可能です。

遠隔からの確認・データ自動記録
検知器とスマートフォンを連携させ、測定値をそのままクラウドに保存。管理者はリアルタイムで確認できます。

本人認証・GPS・時刻情報付き
本人確認や位置情報、正確な測定時刻が記録され、信頼性の高い管理が実現します。

異常時のアラート機能
酒気帯びが検出された場合や測定漏れがあった場合には、自動で通知される仕組みが整っています。

管理者向けダッシュボードで集計も簡単
過去の記録をまとめて確認できるため、監査や報告業務もスムーズに対応可能です。

クラウド型は次のような課題を解決します。

直行直帰でも点呼が可能
データの自動保存で改ざんを防止
複数現場・複数名の同時管理が容易
管理負担の軽減と法令対応を両立

初期導入コストは紙台帳型に比べて高くなりますが、長期的な安全確保と業務効率の向上を考慮すると、実用性の高い手段といえます。特に「管理に人手をかけられない」「複数現場を回る直行直帰スタイルを維持したい」といった事業者には、有効な選択肢です。

違反すればどうなる?清掃業者にも重大な法的・社会的リスク

アルコールチェックを怠った場合、清掃業者であっても法令違反による重いペナルティが科される可能性があります。違反の影響は、刑事処分や行政処分にとどまらず、社会的信用の失墜、損害賠償責任など多岐にわたります。

行政処分(免許取消・業務停止)
酒気帯び運転に関する違反点数に応じて、自動車免許の取消・停止処分が科されます。業務に必要な運転ができなくなり、事業継続に直結します。

刑事責任(懲役・罰金)
酒酔い運転や検知拒否、救護義務違反などでは、懲役刑や高額の罰金が科されます。運転者本人だけでなく、飲酒を勧めた者や、違反を黙認した管理者も処罰対象です。

損害賠償(事故発生時の賠償金)
事故を起こした場合には、被害者への治療費・慰謝料・逸失利益などの支払い義務が発生します。企業側に過失が認定されれば、使用者責任も問われます。

社会的信用の喪失
報道やSNSでの拡散により、地域社会からの信頼を失い、取引先の離反や求人難を招く恐れがあります。

違反によって生じる損失は、単なる罰金にとどまりません。事故を起こさずとも、チェック義務を怠っただけで指導対象となり、再発防止策の提出や社名公表に至るケースもあります。

よくある誤認と、その“代償”

安全運転管理の現場では、次のような「思い込み」によって重大なミスが起こることがあります。

「昨日の酒だから大丈夫だろう」
アルコールの代謝には個人差があり、前日の飲酒でも翌朝に酒気が残っているケースは珍しくありません。

「直行直帰だから点呼しなくてよい」
対面点呼が難しいだけで、確認義務そのものが免除されるわけではありません。「準ずる方法」で必ず実施する必要があります。

「メールで写真を送っておいたからOK」
検知器の数値写真だけでは、本人確認も健康状態の把握も不可能です。双方向のやり取りが伴わない点呼は無効です。

「少しなら運転に支障はない」
道路交通法では「酒気を帯びて車両を運転してはならない」と明記されており、数値の大小にかかわらず違反となります。

誤解や油断からくる判断ミスが、企業にとって致命的な結果を招くこともあります。管理体制の甘さが原因で事故が起きた場合、安全配慮義務違反として厳しい追及を受けることになります。

今こそ体制を見直すタイミング

アルコールチェック義務化は単なる法令対応にとどまらず、自社の運転管理体制全体を見直す好機でもあります。特に清掃業のように、勤務形態が柔軟で現場主導型の業種では、実態に即した運用ルールの整備が不可欠です。

業務フローに合った点呼方法の整備
直行直帰や巡回型業務の現場では、管理者が常時立ち会うことは困難です。スマートフォンやクラウド型システムを活用し、現場に負担をかけず、かつ法令を満たす点呼体制を構築しましょう。

測定結果の信頼性確保と記録の整備
目視と検知器を併用し、確認結果を確実に記録・保存する仕組みが必要です。紙台帳では限界がある場合、電子記録への移行も検討すべきです。

「形式だけ」にならない運用徹底
点呼が義務化されても、実施方法が形骸化していれば事故リスクは減りません。運転者への教育や定期的な体制チェックも欠かせません。

トラブル時の対応方針明確化
万が一酒気を確認した場合のフローを明文化し、全員が対応できる体制にしておくことが重要です。報告、判断、代替手配などの手順を整備しておきましょう。

まとめ

清掃業のように移動が多く、勤務時間もまちまちな現場では、画一的な管理体制では対応しきれません。だからこそ、自社の働き方に合った点呼方法と記録手段を整えることが、コンプライアンスと業務効率の両立につながります。

アルコールチェックの義務は、行政の監視だけでなく、従業員の命と企業の信頼を守るための仕組みです。直行直帰や少人数運用を理由に後回しにするのではなく、いまこそ実情に即した管理体制を再構築し、全社での安全運転への意識を高めていくことが求められています。