2025.04.23

  • コラム

介護施設の送迎車もアルコールチェックは義務です

介護業界における送迎業務は、高齢者や障害者の移動支援として欠かせないサービスです。デイサービスや介護タクシーの現場では、福祉車両による送迎が日常的に行われています。

こうした業務に従事する介護事業者の中には、「福祉車両は商用車ではないから、アルコールチェックの義務は適用されない」といった誤解を抱いているケースが少なくありません。

実際には、一定の条件を満たす車両と運行形態であれば、福祉車両であってもアルコールチェック義務の対象になります。この誤認によって、法令違反や安全管理の不備を招き、万が一の事故が発生した場合には深刻な損害が生じる可能性があります。

本記事では、「アルコールチェック義務の正しい理解」と「チェックを怠った場合のリスク」に焦点を当て、介護業界における送迎業務の安全と信頼を守るために何が必要かを解説します。法令の基礎から実務での対応策まで、介護施設の経営者や運行責任者が知っておくべき情報をわかりやすくお届けします。

「福祉車両=対象外」という誤認の背景

介護業界では、福祉車両はアルコールチェック義務の対象外と誤認されがちです。その誤解がどこから生じたのか、法的な位置づけと現場での認識のズレについて明らかにします。

法令上の位置づけと誤解の原因

福祉車両は、一般的に「白ナンバー」の自家用車として登録されています。このため、商用車である「緑ナンバー」の車両に適用される運行管理義務や点呼義務の対象外と誤解されがちです。

しかし、2022年4月の道路交通法施行規則の改正により、一定の条件を満たす白ナンバー車両もアルコールチェック義務の対象となりました。具体的には、以下のいずれかに該当する事業所が対象です。

● 白ナンバー車両を5台以上保有している事業所
● 乗車定員11人以上の白ナンバー車両を1台以上保有している事業所

この改正により、福祉車両であっても、上記の条件を満たす場合にはアルコールチェックが義務付けられることとなりました。

誤認が広がった経緯と業界内の認識

介護業界では、福祉車両が「自家用車」として扱われることから、商用車に適用される法令や義務の対象外と認識されているケースが多く見受けられます。小規模な事業所や個人事業主の場合、法令改正の情報が十分に行き渡っておらず、誤解が生じやすい状況です。

法令改正の周知が不十分であったことも、誤認が広がった一因と考えられます。アルコールチェックの義務を正しく理解していない事業所が存在し、結果として法令違反や安全管理の不備が発生するリスクが高まっています。

アルコールチェック義務の法的根拠と対象範囲

介護施設が守るべきアルコールチェック義務の法的な根拠と、どのような事業所が対象となるのかを解説します。道路交通法の改正点とあわせて、適用の具体例を紹介します。

道路交通法におけるアルコールチェック義務

道路交通法施行規則の改正により、2022年4月から以下の義務が追加されました。

● 運転前後の運転者の状態を目視等で確認し、酒気帯びの有無を確認すること
● 酒気帯びの有無について記録し、記録を1年間保存すること

2023年12月1日からは、アルコール検知器を用いた酒気帯びの確認が義務化されました。運転前後にアルコール検知器を使用して酒気帯びの有無を確認し、その結果を記録・保存することが求められています。

介護業界における適用範囲と具体的な対象

介護業界においても、以下の条件を満たす場合にはアルコールチェック義務の対象となります。

● 白ナンバー車両を5台以上保有している事業所
● 乗車定員11人以上の白ナンバー車両を1台以上保有している事業所

これには、デイサービスや介護タクシーなど、送迎業務を行う事業所が含まれます。複数の福祉車両を保有している事業所や、乗車定員が11人以上の車両を使用している場合は、アルコールチェックの義務が発生します。

したがって、介護事業者は、自社の車両保有状況を確認し、アルコールチェック義務の対象となるかを把握する必要があります。

アルコールチェックを怠った場合の重大リスク

介護業界において、送迎車のアルコールチェックを怠ることは、法令違反にとどまらず、重大なリスクを伴います。以下に、その具体的なリスクを解説します。

送迎中の事故による損害賠償責任

送迎中に事故が発生し、運転者が飲酒状態であった場合、事業者は民事上の損害賠償責任を負う可能性があります。高齢者や障害者を乗せている場合、被害が大きくなる傾向があります。

使用者責任の発生
民法第715条に基づき、従業員が業務中に起こした事故に対して、事業者が責任を負うことがあります。飲酒運転による事故では、事業者の監督責任が問われることになります。

保険の適用外となる可能性
任意保険に加入していても、飲酒運転による事故は保険の適用外となる場合があります。その結果、事業者が全額を自己負担することになり、経営に大きな打撃を与える可能性があります。

施設運営への影響と信頼失墜

アルコールチェックを怠った結果、事故が発生すると、施設の運営に深刻な影響を及ぼします。

利用者や家族からの信頼喪失
安全管理が不十分な施設と認識され、利用者やその家族からの信頼を失う可能性があります。利用者数の減少や新規契約の減少が懸念されます。

地域社会からの評価低下
地域社会においても、事故を起こした施設としての評価が下がり、地域連携や協力関係に支障をきたすことがあります。

法的制裁と行政処分の可能性

アルコールチェックを怠ることは、法的な制裁や行政処分の対象となります。

道路交通法違反による罰則
道路交通法第65条に基づき、飲酒運転は厳しく罰せられます。事業者がアルコールチェックを怠った場合、運転者だけでなく、事業者自身も罰則の対象となる可能性があります。

行政処分のリスク
重大な事故が発生し、事業者の監督責任が問われた場合、事業停止や営業許可の取消しなどの行政処分を受ける可能性があります。事業の継続が困難になることも考えられます。

実際にあった送迎事故や対応ミスの事例

介護業界における送迎中の事故は、単なる交通事故にとどまらず、利用者の命や施設の信頼に直結する重大な問題です。以下に、実際に発生した事例を紹介し、教訓を共有します。

判例や報道例の紹介

送迎中に発生した実際の事故例や、その後の法的処理、報道された事案を紹介します。現実に起きた事例を知ることで、介護施設が直面しうるリスクと責任の重さを理解することができます。

送迎中の死亡事故と刑事責任

2022年8月、福岡市でデイケア施設の送迎中、認知症の利用者らを乗せた車両が歩行者をはね、死亡させる事故が発生しました。運転していた女性職員は、過失運転致死罪で禁錮1年8カ月、執行猶予3年の有罪判決を受けました。事故当時、後部座席の利用者の様子を確認するためにルームミラーを見ていたことが、注意義務違反とされました。

高齢ドライバーによる送迎中の事故

2023年9月、埼玉県さいたま市で、75歳の男性職員が運転する送迎車が、施設の駐車場でアクセルとブレーキを踏み間違え、高齢の利用者2人を死亡させる事故が発生しました。男性職員は、自動車運転死傷行為処罰法違反で懲役3年6カ月の実刑判決を受けました。なお、職員は年齢を偽って雇用されていたことも判明しました。

降車時の転倒事故と保険適用の問題

デイサービスの利用者が送迎車から降車する際に転倒し、負傷した事故において、保険会社が搭乗者傷害特約の適用を拒否した事例があります。裁判では、事故が送迎車の運行に起因するものかが争点となり、最終的に保険適用が認められました。

事故後の対応と再発防止策

事故発生後の適切な対応と再発防止策の策定は、施設の信頼回復に不可欠です。

迅速な情報共有と報告体制の整備
事故発生時には、速やかに関係者への報告と情報共有を行い、事実関係を正確に把握することが重要です。

事故原因の徹底的な分析
事故の原因を詳細に分析し、再発防止策を講じることで、同様の事故を未然に防ぐことができます。

職員への教育と訓練の強化
定期的な研修や訓練を通じて、職員の安全意識と対応能力を高めることが求められます。

マニュアルの見直しと更新
事故を教訓に、送迎業務に関するマニュアルを見直し、現場の実態に即した内容に更新することが必要です。

これらの対応を通じて、施設全体の安全管理体制を強化し、利用者とその家族からの信頼を維持・向上させることが求められます。

義務の対象外でも油断は禁物!送迎に関わる全職員でのチェック体制が信頼を守る

アルコールチェックの法的義務がない職種や状況であっても、送迎に関わるすべての職員が安全意識を持ち、チェック体制を整えることが、施設全体の信頼を守る鍵となります。

同乗スタッフの判断ミスが重大事故を招くことも

送迎時には、運転手だけでなく同乗するスタッフの判断や行動も事故のリスクを左右します。

降車時の見守り不足による転倒事故
利用者が送迎車から降りる際、スタッフが目を離した隙に転倒し、骨折などの重傷を負うケースがあります。認知症のある利用者や足元が不安定な高齢者には、細心の注意が必要です。

車内での急ブレーキによる負傷
急ブレーキをかけた際、シートベルトを着用していなかった利用者が前方に投げ出され、怪我をする事故も報告されています。全席でのシートベルト着用の徹底が求められます。

“対象外だからやらない”が招く施設全体の信頼失墜

アルコールチェックの義務がないからといって、チェックを行わない姿勢は、利用者やその家族からの信頼を損なう可能性があります。

利用者家族の不安と不信感
送迎時の安全対策が不十分であることが明らかになると、家族は施設全体の安全管理体制に疑問を抱きます。これが施設の評判や利用継続に影響を与えることもあります。

事故後の対応が信頼回復の鍵
万が一事故が発生した場合、迅速かつ誠実な対応が求められます。事故の原因究明と再発防止策の策定、関係者への丁寧な説明と謝罪が、信頼回復への第一歩となります。

介護施設特有の送迎現場リスクと対応マニュアルの整備

介護施設の送迎業務には、一般の送迎とは異なる特有のリスクが存在します。これらのリスクを把握し、適切な対応マニュアルを整備することが、安全な送迎体制の構築に不可欠です。

車いす・認知症利用者対応と運転者の注意力

車いす利用者や認知症のある利用者の送迎には、特別な配慮が必要です。

車いすの固定と安全確認
車いすを車内に固定する際は、専用の固定具を使用し、走行中に動かないようにすることが重要です。固定後の再確認を徹底しましょう。

認知症利用者への声かけと見守り
認知症のある利用者には、送迎中も定期的な声かけや様子の確認が必要です。突然の行動変化に対応できるよう、運転手と同乗スタッフの連携が求められます。

非常時対応や急変時の安全確保体制

送迎中に利用者の体調が急変した場合、迅速な対応が求められます。

緊急連絡体制の整備
緊急時に備え、施設や医療機関への連絡先を明確にし、すぐに連絡が取れる体制を整えておきましょう。

応急処置の研修と備品の準備
職員には応急処置の研修を実施し、送迎車には必要な医療備品を常備しておくことが望まれます。

属人化を防ぐマニュアル化とスタッフ教育

送迎業務の安全性を高めるためには、業務の属人化を避け、標準化されたマニュアルの整備とスタッフ教育が重要です。

業務マニュアルの作成と共有
送迎業務の手順や注意点を明文化し、全職員が共有できるようにします。誰が担当しても一定の安全水準を保つことが可能になります。

定期的な研修とフィードバック
定期的な研修を通じて、職員の知識と技術の向上を図ります。送迎後のフィードバックを行い、業務の改善点を共有することも効果的です。

安全運行と法令順守の仕組みを現場に落とし込む

介護施設における送迎業務の安全性を確保するためには、アルコールチェックの実施だけでなく、法令順守の体制を現場レベルで確立することが重要です。以下に、具体的な取り組み方法を紹介します。

アルコールチェックの運用ルールとマニュアル化

アルコールチェックを効果的に運用するためには、明確なルールと手順を定め、マニュアル化することが不可欠です。

チェックの実施タイミングの明確化
運転前後のアルコールチェックを義務付け、実施時間や方法を明確にします。チェックの漏れや不備を防止できます。

異常時の対応手順の整備
アルコールが検出された場合の対応手順を定め、運転の中止や代替手段の手配など、迅速な対応が可能な体制を構築します。

マニュアルの定期的な見直しと更新
法令の改正や現場の状況変化に応じて、マニュアルを定期的に見直し、最新の情報を反映させることが重要です。

チェックリストや点呼記録の活用

日々の業務において、チェックリストや点呼記録を活用することで、アルコールチェックの実施状況を可視化し、管理の徹底を図ります。

チェックリストの導入
アルコールチェックの項目を含むチェックリストを作成し、運転前後に確認・記録することで、手順の漏れを防ぎます。

点呼記録の整備
運転者の体調やアルコールチェックの結果を点呼記録に記載し、1年間の保存を義務付けることで、万が一の際の証拠として活用できます。

デジタルツールの活用
チェックリストや点呼記録をデジタル化し、クラウド上で管理することで、情報の共有や分析が容易になります。

スタッフ教育と意識改革の進め方

アルコールチェックの重要性を全職員に理解してもらうためには、継続的な教育と意識改革が必要です。

定期的な研修の実施
アルコールチェックの目的や手順、法令順守の重要性について、定期的な研修を通じて職員に周知徹底します。

事例を用いた教育
実際の事故例やトラブル事例を取り上げ、アルコールチェックの怠慢が招くリスクを具体的に伝えることで、職員の意識向上を図ります。

フィードバックの仕組みの導入
アルコールチェックの実施状況や問題点について、定期的にフィードバックを行い、改善策を共有することで、現場の意識改革を促進します。

まとめ

介護業界における送迎業務は、単なる移動手段ではなく、利用者の生活の質と安全を守る重要なプロセスです。その中で、アルコールチェックは、事業者の責任と信頼を支える中核的な対策として位置付けられます。

「福祉車両だから対象外」という誤解は、法令の改正や運用の厳格化により、もはや通用しない状況となっています。アルコールチェックを怠ることで発生する事故や損害賠償、信頼失墜のリスクは計り知れません。

一方で、適切なチェック体制の構築と職員全体への意識改革を進めることで、利用者とその家族からの信頼を獲得し、施設運営の安定化にもつながります。チェックの義務がないから「やらない」のではなく、信頼のために「やる」という姿勢が、これからの介護事業者に求められています。