2025.05.13

  • コラム

NPO・社会福祉法人も要注意!送迎業務に潜む“名ばかり運用”の危険性

「自分たちは対象外だと思っていた」。そう感じる福祉施設関係者は少なくありません。

しかし、2023年12月の道路交通法改正により、送迎車両を業務で使用する事業者は法人格を問わず、アルコールチェックの義務を負うこととなりました。特定非営利活動法人や社会福祉法人なども例外ではありません。

安全運転の確保は、高齢者や障がい者といった交通弱者を支える福祉施設にとって、事業の根幹ともいえる責任です。

万が一、酒気帯び運転による事故が起きた場合、被害者への影響はもちろん、法人の信頼や運営基盤にも甚大なダメージを与えることになります。

本記事では、福祉施設の送迎業務がなぜ法令の対象となるのか、現場で直面する運用上の課題とは何か、それらにどう対応していくべきかを解説します。

なぜ今、福祉施設にアルコールチェック義務の理解と対応が求められるのか?

2023年12月より、道路交通法施行規則の改正により、送迎車を保有または使用する事業者に対し以下の義務が課されました。

●運転前後のアルコールチェックの実施
アルコール検知器と目視等による確認を、運転前後に実施する必要があります。

●確認結果の記録と1年間の保存
運転者名、日時、確認方法、結果などを記録し、1年間保存することが求められます。

●アルコール検知器の常時有効保持
故障のない正常な状態で検知器を管理し、定期的な点検が必要です。

これまで、こうした規定は運送業や営業車両を多く保有する企業が中心と見なされてきました。

しかし、近年は福祉施設における送迎中の事故も社会問題化し、飲酒運転による事故を防ぐために対象範囲が広げられました。

送迎対象が高齢者や障がい者である場合、事故の影響は重大です。そのため、福祉施設にはより厳格な安全管理が求められています。

福祉・NPO法人が見落としがちな“3つの落とし穴”

「うちは営利目的ではないから対象外」
非営利法人でも送迎業務を業務として行っている場合は、法的義務の対象です。

「台数が少ないから大丈夫」
保有台数が5台未満でも、「定員11人以上の車両を1台でも使用」していれば対象となります。

「非常勤職員の運転だから除外される」
運転する者の雇用形態にかかわらず、業務として運転させている以上、チェック義務が発生します。

これらは多くの福祉施設で見落とされがちなポイントです。

法令上の誤解が事故や違反に直結するため、正しい知識を持つことが重要です。

現場から見た法令対応の“現実とギャップ”

福祉施設では、理念を重視する傾向がある一方で、制度対応が後回しになるケースが少なくありません。

加えて、人手不足や業務の煩雑さから、アルコールチェック義務を「対応できない現実」として放置してしまう懸念もあります。

以下に、福祉施設に特有の現場課題を整理します。

人員体制の不足
安全運転管理者が不在で、実質的にチェックが機能していないケースもあります。

送迎時間の多様化
早朝や夜間の送迎が多く、常に管理者が立ち会うことが難しい状況があります。

記録保存の手間
紙による記録台帳では管理が煩雑になりがちで、保存漏れ・記録ミスのリスクが高まります。

非常勤や外部委託ドライバーの多用
雇用形態が多様なため、統一したチェック体制の構築が難航することがあります。

これらは法令違反を意図せずに引き起こす要因となり得ます。

夜間・休日・直行直帰の送迎にどう対応する?

福祉施設の送迎業務は、時間や場所に柔軟に対応する必要があります。早朝の通所支援、休日の通院同行、夜間の帰宅支援といったケースでは、対面による酒気帯び確認が困難です。

こうした状況でも法令順守を果たすには、以下のような代替手段が認められています。

カメラやモニターを活用した遠隔確認
運転者の顔色や声の調子、アルコール検知器の数値をビデオ通話などで確認する方法です。

通話によるリアルタイム報告
携帯電話や業務無線を使い、運転者と直接対話しながら測定結果の報告を受けます。応答の様子も確認対象です。

携帯型アルコール検知器の携行と報告体制の整備
運転者に携帯型検知器を配布し、記録結果を管理者にリアルタイムで送信・報告できるようにします。

これらは「対面と同視できる方法」とされており、法令にもとづいた代替策として認められています。ただし、メールやFAXのみの報告は一方的な連絡手段とされ、法的には無効です。

非常勤職員・短時間勤務スタッフとの運用整合性

福祉現場では、非常勤や短時間勤務のスタッフが送迎業務を担うケースが多くあります。このような体制であっても、酒気帯び確認の対象からは外れません。

非常勤職員でも運転業務があれば対象
雇用形態にかかわらず、業務として運転する場合には、酒気帯び確認が必要です。

運用フローを全職員に共有
全ての運転者に対して、確認手順や記録方法を周知徹底する必要があります。

委託ドライバーとの契約にも規定を反映
外部委託している場合でも、酒気帯び確認の実施と記録義務は契約に明記し、履行確認を行うべきです。

勤務形態の違いに関係なく、施設として一体的な運用体制を構築することが、リスク管理の第一歩です。

安全運転管理者“名ばかり状態”問題

福祉施設では、安全運転管理者を形式的に選任しているだけで、実際には機能していない「名ばかり安全運転管理者」が見受けられます。

名義だけの選任では法令違反
警察署に届け出を行っていても、実務として酒気帯び確認や記録を行っていなければ違反となります。

確認・記録・指示が管理者の責務
安全運転管理者は、アルコールチェックの実施だけでなく、酒気帯びが確認された場合に運転中止を指示する責任も負います。

副管理者や補助者との連携も重要
運用が煩雑な場合は、副安全運転管理者や補助者を適切に配置し、実務を分担することで現実的な体制を築く必要があります。

選任だけして実態が伴わない状態は、法令違反と判断されかねません。特に事故時には、監督責任が問われるリスクがあります。

外部監査・指導・事故時対応を想定した体制整備の重要性

福祉施設は、行政の指導監査や外部評価を受ける機会が多く、法令遵守の有無は重要なチェックポイントとなります。

アルコールチェック体制が不十分な場合、指摘や是正勧告を受けるだけでなく、重大な事故が発生した際には、法人全体の信頼を損なうリスクもあります。

行政指導・監査への備え
施設運営において、道路交通法以外の監査項目と連動してチェックが行われることもあります。アルコールチェックの記録や体制が不十分であれば、法令違反と見なされかねません。

事故発生時の説明責任
万が一、送迎中の事故が起きた場合、酒気帯び確認を行っていたか否かが問われます。チェック体制の不備が明らかになれば、管理責任が問われる可能性があります。

保護者や地域への信頼構築
福祉施設は、利用者やその家族との信頼関係が運営の土台です。法令遵守に対する姿勢は、日常の対応以上に重要視されることがあります。

監査時に問われるのは“書類”より“実態”

記録が整っていても、実際の運用が伴っていなければ意味がありません。

「確認していたが記録がない」
現場での確認は実施されていたが、台帳への記入やデータ保存が抜けていたケースです。監査では確認できないため、指摘の対象となります。

「記録はあるが本人確認していない」
記録上はチェック済みとされているが、運転者本人の顔色や声の調子など、確認すべき要素が省かれていた場合です。形式的な運用と見なされます。

「誰がいつ確認したのか不明瞭」
複数のスタッフで対応していると、責任の所在が曖昧になることがあります。記録に確認者名を明記することが求められます。

形だけの対応では、実地監査での評価をクリアすることは困難です。記録の信頼性と実態の一致が重要です。

ヒヤリ・事故報告とアルコール管理は連動させよ

送迎業務中の「ヒヤリ・ハット」や軽微な接触事故であっても、酒気帯びの有無は確認されるポイントです。

事故報告の信頼性を高める
アルコールチェックの記録が整っていれば、「酒気帯び運転ではなかった」ことを客観的に証明できます。

家族や第三者への説明材料に
送迎事故が報道されるケースもある中で、日常的なチェック体制の存在は、施設への信頼維持につながります。

再発防止策としての連携
ヒヤリ・ハット事例の報告とアルコールチェックの記録を連動させることで、予防策としての活用が可能です。

安全運転とアルコール管理は切り離せない関係にあります。記録と実態を整備し、リスクに備えることが求められます。

現場職員の声から考える、持続可能な運用設計

アルコールチェックの体制を整えるうえで重要なのは、現場の負担を最小限にし、日常業務に無理なく組み込むことです。

多忙な送迎業務の中で、形だけの導入では継続が難しくなります。現場の声をもとに、実用性の高い仕組みを検討することが鍵となります。

記録忘れの防止策が必要
送迎後は次の業務に追われ、確認記録の記入が後回しになることがあります。記録の自動化やリマインド機能の活用が効果的です。

実施責任の明確化で属人化を防止
「その場にいる職員がやる」という曖昧な運用では、確認漏れが発生しやすくなります。担当者を明確にし、引き継ぎやすいルール整備が必要です。

ITツールの導入に不安がある職員も
スマートフォンやアプリ操作に慣れていない職員もいるため、導入時には操作研修やマニュアル整備が求められます。

「誰が・いつ・どう確認するか」の属人化を防ぐルール作り

アルコールチェックの運用は、明確なルールのもとで継続できる体制づくりが重要です。

運用フローを文書化する
出退勤時の確認タイミング、記録項目、使用する検知器の種類などをマニュアルとして整備します。

職員交代時にも機能する仕組みを
担当者が変わっても、業務が滞りなく行えるよう、手順と役割を標準化することが不可欠です。

確認内容は必ず記録に残す
誰が、誰に対して、どのように確認したかを明記し、後から検証可能な形で保管します。

施設の規模や運営形態に応じた柔軟なルール作りが、属人化と確認漏れを防ぐ鍵です。

現場負担を増やさない導入方法とは

導入が「現場の手間を増やすだけ」と感じられれば、定着しないどころか形骸化するリスクがあります。逆に、日常業務に自然に組み込める形であれば、無理なく運用できます。

点呼や出勤確認と連動させる
既存の出勤チェックと連動させて、アルコールチェックを同時に行う運用が有効です。

スマートフォンでの確認と記録
持ち運び可能な機器とアプリを連動させることで、外出先や直行直帰でも対応しやすくなります。

記録自動化で記入ミスを防止
デジタル記録にすることで、記入漏れや記載ミスのリスクが大幅に軽減されます。

「やらされている」ではなく「自然にやっている」状態を目指した設計が、現場への負担を最小限に抑えるポイントです。

複数拠点や在宅対応も想定した“柔軟なシステム選定”

福祉施設は、デイサービス、訪問介護、グループホームなど、形態も拠点も多岐にわたります。拠点を超えた一元管理や、在宅勤務者、直行直帰スタッフにも対応できる柔軟な体制が必要です。

複数拠点をまたぐ確認体制の整備
法人内で複数の施設を運営している場合、各拠点の安全運転管理者が連携し、統一的な運用ルールを整備することが求められます。

外出先・直行直帰でも確認可能な手段
スマートフォンや携帯型アルコール検知器を使えば、施設外であっても酒気帯びの有無を正しく確認できます。

在宅勤務者への対応も含めた仕組み
間接部門でも業務用車両を使用するケースがあれば、在宅勤務中でも確認が必要となります。クラウドベースのツールが有効です。

業務の多様性を想定したシステム選定が、実運用を安定させる鍵となります。

アナログ運用で乗り切る方法とその限界

小規模施設では、「紙の記録簿+携帯型チェッカー」で義務に対応しようとする例もあります。

紙台帳による記録管理
最も手軽に始められますが、記録の抜けや改ざん、保存ミスのリスクがつきまといます。

携帯型チェッカーの活用
市販の機器でチェックは可能ですが、数値や状態の記録を手動で残す必要があります。

管理者の目視確認との併用が前提
アルコール検知器の使用だけでなく、管理者による目視や声の調子の確認が求められるため、形だけの確認では不十分です。

アナログ手法は初期導入のハードルが低い一方で、属人性が強く、運用継続や実態管理に限界があります。

クラウド型システムは福祉施設の“保険”になりうる

記録の正確性、遠隔管理、長期保存を実現するクラウド型アルコールチェックシステムは、福祉施設にとって実務上の大きな支えとなります。

遠隔確認とリアルタイム管理
直行直帰や夜間対応でも、リアルタイムに測定結果と運転者の状態を確認できます。

記録の自動保存とデータ出力
1年間の保存義務に対応しつつ、Excel等での出力により監査や報告にも活用可能です。

不正防止と証拠性の確保
顔認証や時刻・GPS付き記録により、本人性と正確性が担保されます。

小規模施設でも導入可能なコスト設計
初期費用ゼロや月額制のサービスも多く、無理なく始められる点も魅力です。

運用負担を減らしながら、リスク管理と法令順守を実現できる手段として、クラウド型システムは福祉施設にとって現実的かつ有効な選択肢となります。

「事故ゼロ」より「ゼロに近づける」ための一歩を

完璧な対策を目指すあまり、運用が硬直化したり、現場の疲弊を招いてしまっては本末転倒です。大切なのは、持続可能で実行可能な仕組みを作ることです。

最初から完璧を目指さない
どの施設にも、現場事情に応じた制約や課題があります。まずは「最低限の遵守」から始め、段階的に体制を整えることが重要です。

ルールよりも習慣化を意識する
アルコールチェックを義務ではなく「当たり前の行動」として根づかせることで、チェックミスや記録漏れのリスクを減らせます。

現場と管理者が対話しながら進める
運用ルールの策定やツールの選定は、現場の意見を反映してこそ機能します。管理者の独断で導入せず、双方向で改善していく姿勢が求められます。

体制を整えることは“保険”である
事故を未然に防ぐことはもちろん、万が一の際にも「やるべきことはやっていた」と言える備えが必要です。

安全運転管理は、日々の小さな積み重ねです。即効性のある対策は少なくても、「やらないリスク」の方がはるかに大きいことを認識しましょう。

まとめ

福祉施設におけるアルコールチェックの義務化は、単なる法令対応にとどまりません。

利用者の命を預かる立場として、安全運転の徹底は事業の信頼性そのものです。

非営利法人であっても対象である現実を認識すること
「うちは関係ない」と思い込まず、法令の趣旨と現場への影響を正しく理解することが出発点です。

現場運用のリアルに即した体制を構築すること
紙・電話・クラウド、それぞれの特性を活かし、自社にとって無理なく続けられる方法を見つけましょう。

職員全体で共有し、習慣化を目指すこと
確認する人・記録する人・管理する人が連携し、仕組みとして回る状態を目指すことが最終目標です。

福祉施設こそ、地域社会における安全運転の模範となるべき存在です。

「法令を守る」だけではなく、「信頼を築く」ための投資として、自社にとって最適な運用方法を検討し、早期に体制を整備していきましょう。